15.『意志』の存在
「……どうかしましたか?」
少し思い出に耽りすぎていたのだろう――。
怪訝そうに様子を窺う洋一郎に、何でもないと手を振って、ランディは意識を本題に引き戻す。
「実は、以前からどうも……師が仮説を立てられていた〈暗夜〉の本質について、正確には、『何かが違う』ような気がしていてな……。
――まず、あらゆる電子機器を破壊するほどの放射線が降り注いだにしては、人体に出る影響が少な過ぎたきらいがある。
加えて、そもそもそうした放射線や電磁波への対策が、幾重にも施されていたはずの機器まで――そう、まさにこのシェルターのような場所にあった機器まで、ほとんどが軒並み機能を失っていたというのが、どうも腑に落ちなかったのだ」
「それは……人類としても経験の無い未曾有の出来事だったはずですし、『そういうこともある』あるいは『そういうものだった』ということなのではないですか?」
「かつて厳然たる真理だったはずの『死』まで、たった1日で覆されたのだ――そう考えるのも、まあ間違いではないだろうがな」
洋一郎のどこか無邪気な問い返しに、ランディは苦笑をもらした。
「ともかく、それを確かめるために……お前がさっき言ったように明確な計測データは今やロクに手に入らんから、関係ありそうなものを片っ端から集めてもらっていたわけだ。
……それで、わしは確信したよ。
やはりこの〈暗夜〉には、指向性が感じられる――とな」
デスク上に投げ出した資料の束を、手の甲で叩くランディ。
「指向性……ですか」
「そう。この事象は単なる災厄ではなく――人類の文明を一旦破壊する、というその一点に集約しているようなのだ。
実際、これがすべて宇宙からの放射線によるものなら、人類はそれこそ、もっと壊滅的な状況になっていてもおかしくないはずだ。
いやむしろ、とっくに滅んでいても不思議ではない。
だが、結果としてそうはなっていない――なぜか?
そうなることを望んだ――あるいは決めた、『意志』があったからではないか。
――わしには、そんな風に思えるのだよ」
「では……その『意志』というのが、つまり……?」
洋一郎は目を細めた。
何らかの期待が籠もっているのか、その表情には朱が差して見える。
一方ランディは、そんな洋一郎を諫めるように、神妙な顔で小さく頭を振った。
「――明言は出来ん。『意志』が真に望むのが何であるかは、矮小な人の身に過ぎぬわしには計り知れんのだから。
あるいはもしかすると、この世界の変化を〈人の進化の兆し〉と捉えるわしの考えは、その真意に真っ向から背いている可能性もあるのだ。
……そんな顔をするな、洋一郎。
だからといってわしは、お前たち若い者も大勢巻き込んだこのPDの理念まで、間違っていたと否定するわけではない。
ただ、その理念は何者かに押し付けられたものではなく、我々が、我々なりに正しいと信じているものなのだと、そのことを改めて認識して欲しいだけだ。
あるいは神とも呼べるような大きな意志に沿い、ただ差し出された実を食らって楽園を出るのでは、かつて来た道をなぞるだけなのではないか――とな」
ゆったりと、年長者ならではの重みを以て語られたランディの言葉に、洋一郎は表情を引き締め、大きく一礼した。
「……博士の仰る通りです。
短慮に過ぎました、申し訳ありません」
「謝るようなことじゃあないさ。
むしろ褒めてやりたいほどだよ、お前のその柔軟さは」
ランディが手を伸ばして肩を叩くと、洋一郎は一言礼を口にして頭を上げた。
「……ところで洋一郎。
話は変わるが……西の方から、何か報せは?」
「はい、それについては――つい先程。
……どうやら〈回帰会〉は、バチカンを初めとする諸勢力の協力を取り付けた上で、我々を本格的に武力制圧することを決めたようです」
そうか……と、ランディはため息混じりに呟く。
「互いに相容れない信条を掲げていたのは確かだが……噂を聞く限り、回帰会の創設者たちは、無用な争いを避けるだけの分別は備えていると思っていたのだがな。
――いや、あるいは……。
あちらの組織も代替わりが進んでいる、ということかも知れんな……我々とは逆の方向に」
「衝突を回避出来るよう、交渉努力はするつもりですが……我々とて、座して蹂躙されるわけにもいきません。
いざというときの準備も同時に進めたいと思います」
「……仕方あるまい。
だが、くれぐれもそれ自体が挑発とならないよう、慎重にな」
「はい、心得ています」
姿勢良く敬礼を返し、用の済んだ洋一郎は部屋を後にする。
「……ロアルド先生……。
わしもあなたのように、世界を見透すことが出来たのなら……」
ドアが閉まり、去って行く足音も見送って――ランディは静かに目を閉じた。