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 4.あるいは、蠢く死よりも


 ――彰人(あきと)……! 結衣(ゆい)……!



 大切な人たちのその名を――慣れ親しんだその名を。

 カイリは、いつものように呼びたかった。

 そこにある(よすが)を確かめたかった。


 しかし――それは叶わなかった。


 近付く彰人の気配に気付いて振り返ったまま……カイリは。

 一歩も踏み出せず、また、一言も発することが出来なかった。


 彼を突き動かした〈衝動〉は、湧き上がったときとは真逆に――彰人の姿を見た途端、まるでウソのようにあっさりと消え去っていて。

 だがそうして冷静になるのは――本来の自分に立ち返るのは、むしろ〈衝動〉に我を忘れることよりも、カイリにとってよほど残酷なことだった。



 ……自分が、何をしたのか。


 そして、彰人が――結衣が。

 誰より親しい友人のはずの二人が、今、自分をどんな目で見ているのか――。



 突きつけられたのは、とても真正面から受け止められないほどに恐ろしい事実。



 それは、心が必死に首を振るまま、ありえないと拒み続けることも――夢だの冗談だのと片付けることも許されなかった。

 口もとを濡らす七海(ななみ)の鮮血が、その暖かさが……そこにある現実から目を背けることを許さなかった。――決して。


 一言。とにかくたった一言、彼らの名を呼ぶことさえ出来たなら――。


 そうすれば、今カイリの中にある、ぐちゃぐちゃに混ざり絡み合った感覚を、感情を、思考を――勢いに乗せて一緒くたに、言葉足らずであろうとも吐き出すことが出来たかも知れない。

 彼自身もまた、自分の身に何が起こったのか、どうしてこんなことになっているのか、まるで分からなくて混乱していることを――言い訳にすらならなくとも、僅かでも理解してもらえたかも知れない。


 だが、そのたった一言が出なかったのだ――恐ろしくて。


 こんな自分自身が恐ろしくて。

 そして、そんな自分を明確に拒絶されることが――さらに恐ろしくて。


 だから彼は、彰人が結衣を連れてバスを飛び出す瞬間……その最後の機会にも、二人を呼び止めることは出来なかった。

 喉まで出かかった、呼び慣れた名を呑み込み、そして――。


(!――危ない!)


 彰人も目撃した、潰れた運転席から二人に伸びる血塗れの手を見た、その刹那。

 ――〈衝動〉が、再度その目を覚ます。

 彼自身の意識を呑み込もうとする。


 だが、一瞬それに先んじて――自らの意志で、カイリは。

 彰人たちを助けようと、足下のガラス片を拾い上げるや否や、不吉に伸びる血塗れの手を目がけて投げつけた。


 目標へ向かって宙を飛ぶ――そんな『過程』を完全に省いたような、常軌を逸した速度で奔ったガラス片は。

 彰人たちを背後から捕まえようとしていた血塗れの腕を貫き、縫い止める――どころか、あまりの威力に、骨ごと木っ端微塵に粉砕した。


 詳しい状況は分からずとも、何とか逃げる二人を助けられたと、安堵するのも僅か――。


「――!? これ、は……!?」


 二度目ともなると、多少なりと慣れるということなのか――。

 内なる〈衝動〉に、今度は完全に呑み込まれることはなく、かろうじて自我を保つカイリの『感覚』が……周囲の『異変』を察知する。




 周囲の、事故によって確かに死んだはずの人々が――蠢き始めていたのだ。


 彼の足下に横たわる七海以外の、誰もが。

 ……あのときの七海と、同じように。




 時平(ときひら) カイリという人間は、特別肝が据わっているわけでもない。

 死体を見れば驚いただろうし、ましてそれが動き出すとなれば、とても平静ではいられなかったはずだ。


 だが――今の彼に、恐怖など微塵もない。


 動き出す死体が、元通り人間として生き返ったわけではなく、〈別のもの〉に成り変わっていることを直感的に理解して――それでもなお。

 彼は僅かに驚きこそすれ、恐れることはなかった。


 理由は単純だった。


 これもまた、理屈抜きに直感的に――今の自分が、周囲の〈何か〉よりもあらゆる面において、絶対的に優位な存在であることを理解していたからだ。

 そして、もう一つ……内なる〈衝動〉が求めていたからだ。



 奴らを――『喰らえ』と。



 なぜ。どうして。何が。何のために……。


 思考のうちに数多浮かび上がる疑問――しかしそれらが形を成していられたのは、周囲の人間だった〈何か〉たちが、彼にはっきりそれと分かる敵意を向けるまでだった。


 ――刹那。


 彼の脳は、答える者もないそれら当然の疑問を、そこにまつわる思考を、邪魔だとばかり一息のもとに掃いて捨て――。

 そしてそれと同じくらいに素早く、手近な〈何か〉の首を、ただ手刀の一薙ぎのみで切り飛ばす。


 一拍の間を置いて噴き上がる、血飛沫。

 それを合図に、幕は上がった。



 戦いどころか、狩りですらない――。

 ただただ一方的で、圧倒的なまでの――蹂躙の幕が。





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― 新着の感想 ―
[一言] 遅ればせながら、少しずつ読み進めてます! 喰われなかった場合どうなっていたのか? カイリの感覚からそこへの興味が湧きます。 『屍喰神楽』のタイトルの意味が朧気ながら見えてきた感。
[一言] ふむ、何故この中でカイリだけは特別な存在になったのか。 その辺が物語の肝になりそうですね(メガネくいっ)。
[一言] あらあら、前回の感想で言葉が足りなかったようで。 気をもませたようで申し訳ありません。 クセが強いとは思わないですし、好みに合わないってことも全くなく、方向性としてはむしろ好きなのです。 …
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