表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/102

 9.帰還


 ――カイリが目を開けたとき、視界に入ったのは、見慣れた天井だった。


 記憶とのズレからくる違和感に混乱するものの、それも僅かのことで。

 すぐに、ここが〈地の声〉とともに過ごした〈古き民〉の集落で、自分にあてがわれていた土作りの住居だと理解する。



「……これ、は……」



 カイリが首を振りながら寝台から身を起こすのと、入り口から〈地の声〉が顔を覗かせたのは、ほとんど同時だった。



「目覚めた――いや『戻った』か、カイリ」



「〈地の声〉……? 僕は……」


「覚えているか? このサバンナで同族の男と争ったお前は、その後すぐに意識を失って倒れたのだ。

 そして、今日に至るまで眠り続けていた――そう見えた、表向きにはな。

 だが俺には、お前はここにいながら、いないようにも感じた。

 ……カイリよ、お前は『どこか別の場所にいた』のではないか?」


 〈地の声〉の問いかけに、カイリは小さく、しかししっかりと頷く。


 そして、自分がどこまでも続く洞穴にいたこと――その最奥の〈記録庫〉で、人類の歴史を記したかのような壁画を見て回ったことを、事細かく話して聞かせた。

 そうするうち……壁画で見ただけのその歴史の内容が、妙に鮮やかに記憶に浮かぶことに気が付く。


 ――まるで……その場にいて、直にすべてをこの目で見届けたかのように。



「……そうか」


 カイリの話を、〈地の声〉は疑いも驚きもせず――ただ静かに鷹揚に受け止める。



「カイリよ。俺にはお前が、以前よりもずっとこの大地に近い存在になったと感じる。

 きっとお前は、何かきっかけを得たのだろう――だからこそ、この星そのものの記憶に重なり、触れることを許されたのだ」


「この星の、記憶……」


「我ら〈古き民〉には、まさに、お前が話してくれたような伝説が伝わっている。

 お前は、ただ夢を見ていたのではない――お前はここにありながら、実際にこの星の中心へと赴き、その記憶に触れたのだ。

 この星の、そしてお前の――。

 あるいは、俺のものでもある……大いなる記憶に」


 悠然とした口調で語る〈地の声〉。

 それを受け、カイリが何事かを答えようとしたそのとき――。



「――ああ、カイリ! 目が覚めたのですね!」



 新たに入り口に姿を見せた初老の男が、喜びを全身に表し、一直線にカイリの寝台のもとへ駆け寄ってきた。


「あなた、は……」


 その顔には見覚えがあるような気がするのに、名前が出てこない――。

 カイリがもどかしい感覚にやきもきしていると、初老の男は笑顔で首を振る。


「ああ、この姿では戸惑うのも無理はありません。

 わたしは――」


「……え?」


 男が告げた名に、カイリは目を瞬かせる。

 そして、答えを求めるかのように、視線を〈地の声〉に向けた。

 ……〈地の声〉は、ゆったりと大きく頷く。



「そうだ、カイリ。お前が星の深奥を目指して過ごした時間は、夢でも幻でもない。

 お前が倒れた日から数えれば、もう50年以上になる。

 ――人が老いるには、充分過ぎるほどの時間だ」



「50年……!?」


 思わず、外へと駆け出すカイリ。


 そうして、改めてぐるりと視線を巡らせるが……〈古き民〉の集落も、見渡す限りのサバンナも、彼の記憶との大きな違いは感じられなかった。



「……あるがままを生きる我らは、そうそう変わるものでもない。

 だが――外の世界はそうではないようだ」



 後を追って出てきた〈地の声〉は、カイリの内心を見透かしたかのようにそう前置きしてから……。

 世界に起こった異変――〈暗夜〉について、カイリに話して聞かせた。



「……そう……ですか」


 〈地の声〉の話を聞き終えたカイリは、うなだれるかのように一度、頷いた。

 もはや、驚きはなかった。


 そう、それは――彼が触れてきた、あの大いなる記録の通りだったからだ。


 むしろ、その事実よりも彼にとって切実だったのは……優に50年を超えるという、アートマンと戦ってからの時間の経過だった。

 かつての文明が失われてしまった今では、これから改めて日本を目指したところで、辿り着くまでにさらに何年もかかるのは間違いないだろう。

 そして、そうなれば――。



「そうか……。

 結局僕は、もう一度彰人(あきと)結衣(ゆい)に会うことは……」



 ぽつりともらしたその一言に、カイリは、自分の中の七海(ななみ)が反応した気がした。

 だから、そっと胸に手を当て、微笑んでみせる。



「……分かってる、大丈夫だよ……。

 もう、うつむいてばかりにはならないから」



 そうして、自分から視線を上げた。

 遠く、遠く――地平線の遙か彼方を見透かすように。



「行こう、ナナ姉――。

 僕らが、僕らとして生きる道を……見出すために」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ロマサガ2並みに年代ジャンプするやん(迫真)
今更なんですけど屍喰ってなんなんですかね? あ、いや、ただの呟きなんで答えはいらないです。 こんなことを思いましたっていうお知らせ。
彰人や結衣と会えなかったのは分かっているけれど、こうやってカイリ視点で見ると、なんとも言えない切なさを感じますね。 いや、結衣とは会えるかもしれませんが、八刀皿さんはスレ違い職人なので、思いのスレ違い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ