表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/102

29.魂の在処、魂の行方


 ――初めて『その言葉』を言われたのは、いつのことだっただろうか。



 幼少時、〈白鳥神党(しらとりしんとう)〉に望まず〈生き神様〉として奉り上げられていたカイリ。

 かつて同党が解体された際、ようやく自由を得た彼ではあったが――しかしそれは表面的なものでしかなかった。

 その心までが解放されたわけではなかったのだ。

 どのような形であれ、多くの人を苦しめる悪事に荷担していたという罪の意識と……それに根ざす世間への後ろめたさが、重鎖となって彼に纏わり付いていたのだ。

 そう、まるで……太陽の下をまともに歩けないという、彼の色素欠乏症(アルビノ)ゆえの体質そのものが。

 それはお前が本質から穢れているからなのだ――と、絶えず呪詛を囁いているかのようでもあった。


 そして――それらは、子供が背負うにはあまりに重い。

 ……いきおい、その重さに顔は下を向く。

 やがては、心も身体も、うつむくのが当たり前になる。

 それ以外の在り方など、思いもしなくなる。



 そう――思いもしなかった。

 彼女に、『その言葉』を言われるまでは。




 『ほら、かおをあげなさいっ』




 初めて言われたのがいつだったか、実のところ覚えは無かった。

 始めの頃は、まるで聞く耳を持たなかったからだ。


 しかし、何度も何度も言われているうちに。

 それを言う彼女のまぶしさにも、目を奪われて――。



 カイリはいつしか、言われた通りに顔を上げていた。



 身体も――心も。前を向くことを知った。

 それこそが当たり前なんだと、世界を見据えられるようになっていた。


 だから、それは……カイリにとって、かけがえのない大切な言葉だ。

 七海(ななみ)と自分を繋ぐ、結びの言葉――。




 『ほら、かおをあげなさいっ』




 その一言をカイリは、改めて耳元で聞いたような気がした。


 それは――生きることを諦めようと、その命を投げ出そうとしていた彼に。

 殺人者アートマンの、トドメの一撃が振りかぶられた――まさにその瞬間だった。



 ――ナナ姉……。

 僕ももうすぐ、ナナ姉のところに……。



 肩の荷が下りたような……これまでになく穏やかで、静かな心持ちだった。

 だが――。



 『ほら、かおをあげなさいっ』



 ――その一言は、彼の心をざわつかせた。

 甘い思い出として、彼を優しく寝かしつけるのではなく――。

 心の奥底で(くすぶ)熾火(おきび)に、強く息吹を込めるかのようだった。


 それは、カイリの胸に――心臓に、確かな熱となって感じられた。



 ――何だ? こんな感覚、初めて――――いや、違う。


 これ……、この感覚、って――!



 初めての感覚だと思った。

 だがすぐに、そうではないと気が付いた。――気が付けた。


 その熱は、今になって突然、どこからともなく現れたわけではなく。

 今までも――ずっと。


 ずっとずっと……そこにあったのだということに。





 ――これは……間違いない。間違えるわけがない……!


 ああ、そうだ――〈ナナ姉〉だ……!!





 アートマンが言ったように、自分たちが喰らうのが『魂』なら。

 〈地の声〉が言ったように、それは、母なる星へと還されるべきなのだろう。


 だが……何の因果か。

 二人が互いに、離ればなれにならないようにと願ったからか。



 カイリは、自分が、七海の魂の欠片を星へと還すことなく――。

 ずっと、自分の中に秘めたままにしていたことを……ようやく、悟った。



 〈地の声〉が自分を指して、『お前たち』と呼ぶことがあった理由にも、ようやく得心がいった。


 〈地の声〉には、視えていたのだ――カイリの中の七海が。

 その上で、カイリ自身が気付くのを待っていたのだ。




 『おそいよ』――と、七海に笑われた気がした。




 ――ああ……そうか。そうなのか……。



 七海の〈存在〉を自覚し――。

 そして、それを取り込んだ自分の存在――恐らくそれを『魂』と定義するのだろう――を自覚した、そのとき。




 カイリは、ようやく――屍喰(シニカミ)としての〈本当の自分〉を、初めて、〈理解〉出来たと感じた。

 それはきっと、あまりにも深い〈本質〉からすればほんの一端に過ぎないとしても……ようやくに。


 迷霧の先の僅かな晴れ間のように――闇夜に小さな灯を見出すように。




「……何だ? やっぱり、死ぬのが怖くなったか?」



 カイリの纏う雰囲気に、微かながらも変化を感じたからか――。

 アートマンは、トドメを刺すべく腕を振り上げたまま、訝しげに問いかける。


 それにカイリは、これまでの諦観ではなく――達観した表情で、静かに頷いた。



「僕は……死ぬわけにはいかなかった。

 ――僕の中には、僕の大切な人も……いるのだから」



「ほお、そうか。

 だが、残念だったな――お前の運命は変わらねえよ」


 気安げにそう言い放つや否や……アートマンは腕を突き下ろし、カイリの胸を貫く。



 いや――突き下ろしたはず、だった。



 妙だと感じて、アートマンは自分の腕を見る。


 果たして――彼の右腕は。

 いつの間にか、肘から下が綺麗に消えてなくなっていた。


 ……出血はもとより、痛みすらも何もなく。



「は……?

 なんだ――なんだ、何が起こった……!?」



「――ようやく、気が付いたんだ」


 混乱するアートマンを、軽々と押しのけて……カイリはゆらりと立ち上がる。



「僕もあなたも、人間として――この世界の『生き物』としてしか、この身体を、力を、使えていなかった。

 それでも確かに、あらゆる生き物を凌駕する力を発揮出来ていたけれど……それは間違いだった。

 誤解していた――いや、正しく理解出来ていなかったんだ。


 ……屍喰としての〈力〉――そして、その使い方を」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ゼノギアス覚醒イベントや!(迫真)
カイリが特別な所以がこのことなのか詳細は分かりませんが、結衣の願いが叶える結果になって欲しいですね。 想いを知った時、複雑な気持になるでしょうが(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ