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23.愉悦の牙


 ――大いなるサバンナそのものが、そこに住むすべての命が……道を空けているかのようだった。


 立ち尽くすカイリと、その視線の先――。

 彼のもとへ、一歩、また一歩と近付いてくる青年の間に、道を。



「……よお、少年。

 何せ世界ってのは広いんだ――願ったところでそうそう会えるものでもないって思ってたんだが、案外、上手くいくもんだな。

 やっぱり『お仲間』同士、何か引き合うものがあるってことかねえ?」



 普通に会話出来る距離まで近付いてきた、カイリより幾分年上な風貌の青年は――気安げに笑いながら、そう話しかけてくる。

 しかし、一見愛想の良いその笑みが、形通りの意味を為していないことは、カイリのような屍喰(シニカミ)でなくても気付いただろう。



 彼は確かに笑っている――『よろこび』のために。

 だがそこに込められた感情は、友好がもたらす『歓喜』ではない。


 彼の自己本位な欲望が予感する、愉悦――昏い『悦び』によるものだ。



「……僕に、何か用ですか?」


 相手を見極めようと神経を集中しながら、カイリは尋ねる。

 ……これまで味わったことのない類の緊張感に、屍喰となった身では有り得るはずもないのに、冷や汗をかいているような気になる。


「うん? 用が無いと話しかけちゃいけないのか?」


「さっきの口ぶりだと、僕を捜していたみたいでしたから」


 硬い表情を崩さないカイリに、青年はやれやれとばかりに肩を竦める。


「面白味のねえヤツだな。そう話を急がなくてもいいだろうによ。

 ……オレはさ、こう見えて結構感激してるんだぜ? 初めて『同族』に会えてさ。

 なあ――〈神の化身(アヴァターラ)〉?」


「…………。

 僕は、そんなご大層なものじゃない。人違いじゃないですか」


 〈神の化身〉という呼び名に、一瞬、カイリの眉がぴくりと反応する。

 相手もそこまで分かって発言したのではないだろう――だがかつて、本意でなくとも神を騙ってしまった彼にとって、その手の呼称は、最も神経を逆撫でされるものだった。


「その白い髪に白い肌、赤みがかった瞳――。

 なるほど、〈神の化身〉なんて呼びたくなるのも分かる美しさじゃねえか……ああ、どこをどう見たって聞いた通り。

 ……つまり、間違えようなんざねえってことよ」


「それで――。

 だったら、どうだって言うんですか」


 否定し続けたところで結局話をムダに長引かせるだけだと判断したカイリは、ぶっきらぼうに言い放つ。


 すると青年は――ニヤリと、毛色の違う笑みを浮かべた。


 これまでは、曲がりなりにも表には出さないようにしていた邪悪さが、そのまま仮面になったような笑み――。

 いや増す緊張感に、カイリはぞわりと背筋が怖気立つのを感じる。


「オレは……こっちはこっちでまたご大層に、〈アートマン〉とか呼ばれてるモンだ。

 聞いたことぐらいあるだろ?」


 やっぱりか、とカイリは得心する。


 ……生前は凶悪な殺人鬼として知られた屍喰。

 屍喰に対する、人間の未知ゆえの恐怖を、最も悪い方へと印象付けた張本人――。


 そうと分かれば、彼が遠方からずっと自分に向けていた、どこか歪んだ『興味』の正体も理解出来た。

 何の用があって自分を捜していたのか――その理由とともに。



「実はな……見せて欲しいんだよ、〈神の化身〉。

 ――お前の『死』を。

 その神の如き命が、どう散ってくれるのかをなぁ……!」



 果たして、青年――アートマンが告げたのは、カイリが予想した通りの答えだった。






     *     *     *




「カイリ君が……『特別』?」


 質素なスチールテーブルを挟んで座する、車椅子の男――ロアルド・ルーベク。

 人によっては〈預言者〉とすら称するその特異な天才の発言に、あまり良い意味を感じ取れなかった結衣(ゆい)は。

 その単語を繰り返しながら、僅かに眉をひそめた。


「そもそも、屍喰とは……私は。

 いわば、〈魂が遺伝した者たち〉ではないか――と、考えていてね」


 幾分表情を引き締めたロアルドは、結衣の問いかけへの直接的な答えは返すことなく、そのまま自らの話を続ける。


「それが、実際にどれほど太古のことかは分からないが……。

 細部こそ違えど世界中で語られているように、かつては、人と、それを超越した者たちが共存する、神話の時代というものがあった。

 その超越者が、長い年月の果てに人と交わり、人の内に溶け込んで……。

 そして現在、再び世に顕現したのが、屍喰という存在ではないか――と、そう思うのだよ」


「では、あなたは……屍喰とは、かつて〈神〉と呼ばれていた存在だとでも?」


 ごく真っ当に受け返してしまう結衣。

 突拍子もない話だと理性は否定したがるものの……脳裏に焼き付いている記憶がそれを許さない。



 あのとき、事故に遭ったバスの中で見た、カイリの姿――。

 その雰囲気は、まさに人を超越した『何か』としか思えなかったからだ。



「さて……彼らが神であるのか、悪魔なのか。そこまでは私にも明言出来ないよ。

 その時々、見る人の主観によっても変わるものだろうからね」


「それは……そうかも知れませんけど……。

 でも、あなたが先に主張した通りだとするなら――世界中のほとんどの人が、何らかの超越者の子孫であるはずでしょう?」



「そう、だから……〈魂の遺伝〉と表現したのだよ。

 その因子は、今の科学で見出せるものではないし……。


 そもそもの仕組みが、普通の遺伝とはまったく違うのだから――」





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― 新着の感想 ―
『七夕の国』という漫画の中にも、そういった逸話がありましたね。
アルビノ体質、新興宗教、そして屍喰と特別であることに振り回されていたカイリには「今度は何よ」と言った感じで酷な運命ですよね。 しかも変態に襲われるという(笑)
インド系の話題にも行きますかー。 メガテンプレイヤーとしては美味しい話題ですなぁ。じゅるり
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