16.お前たちだけの道
……〈地の声〉の同族だからと、神のように崇められでもしたら……。
〈古き民〉としばらく生活を共にすることを決めたカイリは、かつての心の傷から、そんな心配もしたのだが――それは結局、杞憂でしかなかった。
彼ら一族はカイリに敬意こそ払うものの、〈地の声〉と同じように、ここで生活する以上は――と、集落の一員としての仕事すら割り振るほどだったからだ。
だがそれは、却ってカイリには有り難かった。
文化こそまるで違うが、それなのに故郷にでも帰ってきたような……そんな安らぎを感じることが出来たからだ。
この10年、真っ当には得られなかった、ごく普通で当たり前の安らぎを。
人々の中にあって、人々とともに生きるという……当たり前の。
「……〈地の声〉。あなたたちは、特別な何かをしているわけでもない。
ただ、あるがままを生きているだけなんですね。
……この大地との、あるがままを」
カイリの問いかけに、ともにサバンナを――遙かな地平を見渡す〈地の声〉は小さく頷く。
「そう、あるがままだ。
――これまでも、この先も」
〈その日〉から少し経った頃、武装組織の抗争に巻き込まれて命を落とし――屍喰として甦ったという〈地の声〉。
そんな彼は子供の頃、〈古き民〉としては異端な考えを持っていた両親に連れられて渡ったフランスで、学校に通い、集落の外の世界も学んだという。
そんな彼だからこそ、身を以て知っているのだろう、『生き方』の違い――。
それを噛み含めるようにして、カイリへと澄んだ言葉を投げかける。
「俺もまた、同じだ。
老いず、死なずの身体になったというなら、それを受け入れるだけだ。
一族を守り、そして彼らの死に際しては、その身を喰らい、大地へと還る手助けをする――ただ、それだけのことだ。不自然なことなどない。
……『成った』のなら。それはすべからく、自然のことでしかない」
〈地の声〉が言葉通りのことを実践するさまは、カイリも見てきた。
自らが大地の代行者となって、還るべき命を取り込むように――葬送の一環として、生屍となった死者の心臓を喰らう姿を。
「お前の言う〈衝動〉もそうだ。
俺にしてみればそれは、死者の命を大地に還す――その役目を後押しするものでしかない。
抗う理由など何も無い」
「じゃあ、それが……僕ら、屍喰の存在理由……なんでしょうか」
カイリの問いに〈地の声〉は、今度は小さく首を横に振る。
「それは分からない。俺はそうだというだけだ。
ただ――己の生きる道を見出すのは、結局、己でしかない。
同じく意志を持つ存在である以上、そこに人と屍喰の違いなどない。
俺は、一族の中で、一族だけを守り続けて生きると決めた。
――だがカイリ、お前までそうである必要は無い。
人としてか、屍喰としてか……悩み続けるがいい。
悩み、苦しんだお前だけが見出せるだろう、お前だけの道が――。
いや、違うな。
『お前たちだけの道』だ――それが、その先に必ずある」
「…………?
僕の、じゃなく――『僕たち』、の……?」
わざわざ言い直した〈地の声〉の真意が分からず、カイリは首を傾げる。
しかし〈地の声〉はそれに答えることなく――その逞しくごつごつとした手で、カイリの肩を優しく叩く。
表情こそ普段と変わらないが……カイリはそこから、〈地の声〉の自分への励ましを感じ取った。
「――ところでカイリ。
今日は子供たちが、いつもの水場でなく、小川の方へ水を汲みに行きたいと言うのだ。
久し振りに広い場所で水遊びでもしたいのだろうが……お前が付き添ってやってくれるか。場所は分かるだろう?」
「え? ええ……以前連れて行ってもらったあそこですよね?
それなら分かります、けど……でも、子供たちに僕だけで大丈夫ですか?
それなりに距離もありますし、動物に襲われたりしたら……」
「それは心配ない。動物たちは聡明だ、お前が連れている子供たちを襲うなどしない。
下手に何人か大人を付けるよりよほど安全だ。
それに、子供たちはお前を慕っているが、同時に、お前がいずれここを去っていくことも理解している。
……だから、お前に頼みたい」
「――わかりました。そういうことなら」
柔らかな笑顔で頷き、カイリは今一度、雄大なサバンナを振り返る。
厳しくも豊かな太陽の光は、大地に溢れんばかりの数多の生命を、あますところなく輝かしく映し出していた。
――悠久の昔より、ただただ、そうし続けてきた通りに。