14.真実への決意
――結衣から渡されたタブレット端末。
そこに映し出された『論文』の内容に……彰人は、困惑した表情で声を絞り出す。
「何だ、これ……。
まるで、〈その日〉の異変を予言してるようにも見えるが……。
イタズラや冗談で書かれたもの、ってわけじゃないよな?」
「…………。ね――彰人君。
〈その日〉の少し前のことだけど……。
カイリ君が、熱中症で倒れて病院に運ばれたことがあったの、覚えてる?」
質問に対し、急に昔話で返された彰人は……。
面食らいながらも、言われた通りの思い出を記憶から引っ張り出して頷いた。
「? ああ……あれだろ?
姉貴へのプレゼントを買いに、アイツが一人で遠出したときの。
宮司の爺さんから連絡を受けた姉貴が、真っ青な顔して病院にすっ飛んで行くのを、必死に追いかけたっけな。
何せアイツの体質じゃ、長時間日に曝されるようなことがあったら、常人より遙かに命に関わる危険が高かったわけだし。
……だが……それがどうかしたのか? 結局、何事もなかったじゃないか」
「じゃあ、もう一つ。
……そのとき、わたしの方が……あなたとナナ先輩よりも早くに病院に着いていた、ってことは?」
「ああ……そういやそうだったか。
カイリの病室で、お前が先にヒデェ泣き笑いの顔してたから……それ見たお陰で、姉貴は逆にちょっと落ち着いてくれて。
で、姉貴は大泣きはせずに済んだんだよなぁ……確か」
意地悪な思い出し笑いを浮かべる彰人。
結衣は一言、「ヒデェ顔で悪かったわね」とそれに付き合ってから、話を戻す。
「あのとき……先に病院に着いたわたしは、ロビーで、一人の西洋人とすれ違ったの。
後で宮司さんやお医者さんの話を聞いて、その人が、倒れていたカイリ君を助けて病院に運んでくれた人だって分かったんだけど――」
結衣は、彰人が持つタブレット端末に手を伸ばすと――論文の著者とされている青年の写真を指差した。
「! まさか――それが、この男……。
ロアルド・ルーベク……なのか?」
ゆっくりと頷く結衣。
そして彼女は――
「――彼はきっと、世界を変える――」
かつて自分が聞いた言葉を、静かに、はっきりと口にした。
「……なに?」
「その人が……病院でのすれ違いざま、呟いていた独り言だよ。
どうしてだか、記憶に引っかかったままになっててね……。
あのときは、何のことだろうって不思議には思っても……カイリ君は無事だったし、結局それ以上、特に意識したりはしなかった。
でも、今は……」
真剣極まりない結衣の瞳と思いを向けられた彰人は、一声唸って難しい顔で黙り込む。
――偶然だと、あっさり片付けるには気になる符号……。
結衣の抱く、その疑念も分からないではないが……彰人としては、そうと断定する材料も少ないと、どちらかと言えば否定的な心象でいるらしい。
「わたしは……この人、ロアルド・ルーベクが、この異変に――カイリ君のことについて、まったくの無関係だとは思えない。
少なくとも、何かを知っているって……そう思ってる。
――だからね、いっそ、直接会いに行こうって決めたの。
どうやら今は、表舞台から姿を消して世界中を転々としているみたいだけど……何とか、居場所も特定出来そうだし」
「……お前の予測通りにせよ、そうでないにせよ……どのみち真っ当な人間とは思えん。
正直を言えば、ふん縛ってでも止めたいところだが……」
彰人は大きなため息を吐く。
「お前のその目――どうせムダだろうな」
「――ごめん。
手掛かりを掴めるかもって思うと、もう、じっとしてられなくて」
結衣の謝罪が、言葉ばかりのものでないことは分かる。
だが逆に、だからこそと言うべきか――彰人の口からは、もう一つため息がこぼれ出た。
「……この論文のデータ、貰っても構わないよな?
俺の方でも少し調べてみたい」
「もちろん。後で送っておくね」
一も二も無く快諾する結衣に、頼む、と言い添えて、彰人はタブレットを返した。
「とにかくだ、結衣。
いざ出発するとなったら――」
「ごめん、彰人君は連れて行けないよ。
いかにも軍人然としたあなたが一緒となったら、それこそ逃げられるかも知れないしね。
それに――わたし一人の方が、油断して口も軽くなるかもだし」
結衣に、いかにもな意見で提案を遮られ……彰人は苦虫を噛みつぶしたような顔で小さく「分かった」と呟く。
「……なら、何処に行くにせよ、詳しく俺に報せろ。
乗る飛行機の時間から、現地での滞在場所、滞在中の予定まで……隈無く、だ。
それがイヤなら、渡航禁止措置をかけてでも引き留める――いいな?」
「気遣いは嬉しいけど、今じゃわたしだって、結構仕事で海外飛び回ってるんだよ? 危険な目にだって遭ったこともある。
だから、そんなに心配しなくても――」
「これ以上」
苦笑混じりの結衣の言葉を、彰人が強い口調で掻き消した。
「これ以上――昔馴染みが『行方知れず』になるのは、御免だからな」
「……そっか。
ん、そうだね、ごめん――言われた通りにするよ」
「そうしてくれ」
やや乱暴にそう言って、彰人は思い出したようにまたミルクレープに取りかかる。
その様子が、気恥ずかしさを隠そうとする学生のようで……思わず結衣はくすりと微笑んだ。
「……何だよ?」
「ううん、何でも。
――ね、彰人君、今日まだ時間大丈夫?」
「もう日付変わってるけどな。
……まあ、久々の非番だし、緊急の呼び出しでもかからない限りは大丈夫だ」
彰人の返事に、結衣は無邪気な顔で大きく頷いた。
「よし、そっかそっか。じゃあ、もうしばらくお喋りに付き合ってよ。
ちょうど仕事のグチをぶちまけたかったところだし……。
ああそうそう、勇名悪名ともに名高い伊崎隊長殿が、どうやって八坂会長とお近づきになったか、詳しい話も聞いてみたいし?」
「アルコールも抜きに、深夜のファミレスでか? そんな――」
「いいでしょ? 学生の頃みたいで」
機先を制した結衣の言葉に、彰人は片頬を歪めてみせる。
「……おごりか?」
「まさか。ワリカン」
「……だよなあ、この流れだと」
苦笑しながらも、彰人の表情はどこか明るくなっていた。
歴戦の強者としての険は消えて、身体の大きいイタズラ小僧のようにも見える。
「――しょうがねえ、分かったよ。
こうなりゃ、ドリンクバーの元を取るまで付き合ってやるさ」
「あ、くれぐれも、変な合成ジュースは作らないでよ?
一応、いい大人なんだから」
ため息混じりにそんな釘を刺して、結衣もまた、朗らかに笑った。