13.心の中の彼の位置
「「 ………… 」」
――宮司の死については、やはりそれぞれ思うところがあったのだろう。
お互い、言葉の接ぎ穂を失ってしばらく黙っていると……。
ちょうどその場を割って、マスコット型の配膳ロボットが、彰人が注文した品を乗せて明るい音声とともに現れた。
彰人が何を頼んだのか、特に気にしていなかった結衣だが……。
彼が配膳ロボットから取り上げた品と、目の前の彰人自身とのギャップに、思わず「何それ」と吹き出してしまう。
「見ての通り、期間限定のスペシャルミルクレープだ。
……いいだろ、別に……。
基地に詰めてると、こんな、いかにもな甘い物なんて食えないんだからよ」
唇を尖らせながらも満足げに、アイスクリームやらフルーツやらに埋もれつつも立派な威容を誇る、巨大なミルクレープの鎮座した皿を、手もとに引き寄せる彰人。
「ごめんごめん、別に悪いってわけじゃないよ。
あー、そっか、だからドリンクもメロンソーダなのか」
「まーな。ジュースぐらいならまだしも、コレはさすがに基地にはないからな」
「そう言えば彰人君て、案外甘党だったっけ。
それって、昔っから?」
「いつからかは覚えてねえけどな……姉貴のせいなのは間違いない」
「……ナナ先輩の?」
手に取ったフォークをくるくると回しながら、彰人は苦笑する。
「姉貴は、ああ見えて相当な辛党だったからなあ……。
しょっちゅう、激辛料理とかに挑戦しやがって……俺たちの甘味への執着は、そのたびに実験台にされていたことの反動みたいなもんだ」
言って、さも美味そうに幸せそうに、ミルクレープを頬張る彰人。
その姿を見ながら――結衣は。
今まさに彰人が、恐らくは無意識のうちに選んだであろう単語を、頭の中で反芻していた。
俺『たち』……彰人は、間違いなくそう言った。
それが他に誰のことを指しているのか、結衣は聞くまでもなく分かっている。
――そう……カイリ君も、甘い物が好きだった。
彰人がカイリに対し、彼なりのケジメを付けようとしているのは、本人から聞いたことでもあり、結衣も理解していた。
だが、そんな相手を彼が心の中でどう位置付けているのか……そこまではははっきりと見極められずにいたのだ。
それが、今のさりげない一言でようやく、少しは分かった気がした。
大切な姉を――その命を。
恋人でありながら、喰らった相手――。
憎んでいるはずのその相手はそれでも、やはりかけがえのない幼馴染みで――そして親友なのだという、そんな想いを。
「……そっか。そうなんだね……」
「――あん? どうしたよ、人の顔じっと見て」
頬にクリームでも付いているのかと、慌てて顔に手をやる彰人に、結衣は微笑みながら首を振ってみせた。
「ね、ところで彰人君。
カイリ君の行方について、何か分かった?」
「おいおい……屍喰についての情報とか、ものによっちゃ機密事項だぞ? 言うと思うか?」
フォークを止めることなく、質問を突き返す彰人。
対して結衣は、あっさり「もちろん」と頷く。
「でも……その様子じゃ、これといった手掛かりは見つかってないみたいだね」
結衣の指摘に、彰人は大げさに肩を竦めてみせた。
「ご明察、だ。
アイツのことは俺だってずっと網を張ってるが、まるでかかりゃしない。
……まあ、若干ながらアイツの特徴に合った目撃情報が大陸の方から上がってるから、日本を出てることは間違いないだろうが……」
「うん、それはわたしの方でも掴んでた。
その辺の話を総合して考えると、今は中東からアフリカの方へ行っていそうなんだけど……あの辺りの情報は拾いにくいからなあ」
「だな。それと……これはまだ確証が得られたものじゃないが。
あの〈アートマン〉が、やはりその辺りの地域に移動していたという情報もある」
「……アートマンが?」
アートマン――サンスクリット語で〈我〉を表す呼び名が付けられた、そのインドの凶悪殺人犯は、世界で実在を認識されている数少ない屍喰だ。
「はっきりとした所在が確認されれば、関係国の要請がなくとも、討伐のために部隊が投入される可能性は高い。……もちろん、俺も含めてな」
「危険……だね」
「まあな。だが、もとが凶悪殺人犯の屍喰なんざ、野放しにしちゃいられないだろ。
それに……接触すれば、屍喰という存在について何か分かることもあるはずだしな」
言って彰人は、大きく切り取ったミルクレープに、さらにフルーツを適当に乗せ、大口を開けて頬張る。
その仕草は、どこを取っても緊張も気負いも感じられない。
――危険極まりない任務の話をしながらも、こうしてまるで平静さを失わないのは、相変わらず大した剛胆さだと、結衣は素直に感心する。
「で、結衣……そっちの方は何か掴んだのか?
わざわざ呼び出しまでかけてきたんだ、まさか記事のネタに困って俺を頼ってきた――ってわけでもないだろ?」
「…………。
これ、見てくれる?」
結衣はバッグから出したタブレット端末を操作すると、そのまま彰人に渡す。
フォークを咥えたままディスプレイを目で追う彰人の眉間には……みるみるうちに深く皺が寄っていった。
「……30年ほど前。
オスロ大学に通うある学生が書いた論文の要約なんだけど――」