12.結衣と彰人
「……まったく……。
ファミレスで待ち合わせとか、学生かよ」
――もう日付も変わろうかという時間帯のファミリーレストラン。
まばらな客の中に、見知った顔を見つけ出し……ホール隅の4人がけテーブル席に座った彰人は、向かいの先客に開口一番悪態を吐いた。
だが、それがむしろ彼なりの親愛表現であることぐらい、呼び出した張本人の結衣は当然、お見通しだ。
「しょうがないでしょう? 時間が時間なんだから。
それに、こういう所は久し振りで懐かしいんじゃない?」
すでに注文していたらしいアップルパイを頬張りながら、結衣はにっこり笑う。
それに毒気を抜かれた様子で彰人は、まあな、と応じた。
「……にしても、今日明日は非番だって聞いてたのに。
ファミレス来るのに、どうしてスーツ?」
「ここのところ、ずっと基地に詰めてたからな……適当な私服が無かったんだよ」
いかにも決まりが悪そうに彰人は、ただでさえ崩し気味に締めてあったネクタイを、乱暴な手つきでさらにゆるめた。
「ふーん……。
わたしはまたてっきり、最近はドレスコードのあるようなお店ばっかり行ってるからかと思ったけど」
「バカ言うなよ。
俺なんぞに、そんなカネもヒマもあるわけないだろ」
結衣に渡されたタブレットメニューでさっさと注文を終えた彰人は、メニューを充電器に戻しつつ結衣に苦笑を返すが……。
高校生の頃から変わらない――少しばかり子供っぽい、可愛らしい赤いフレームの眼鏡の奥で、結衣の瞳はすべてお見通しだと言わんばかりに輝いていた。
「まあ、あなた自身はそうでしょうけど。
でも――我らがカタスグループの八坂会長その人に連れて行ってもらうとなったら、そこいらのただ高いだけのお店ってわけはないでしょ?」
結衣が先んじて持ってきておいてくれたらしい、お手拭きの袋を開けていた彰人の動きが、ピタリと止まる。
「……なんでお前、そのこと……」
「一応、わたしもジャーナリストの端くれですから?
八坂会長が、自分の命を救ってくれたイクサの若き有望株に、最近特に目を掛けてる――って話ぐらい、知ってるよ」
「……まぁ、いいけどな。
別にやましいことでもないし、隠す話でもない」
言って、彰人は使い終えたお手拭きをテーブルに投げ出した。
「取り敢えず……結衣、お前がちゃんとジャーナリストとしてやれているってことは分かったワケだ。――安心したよ」
「……あなたこそね。
結構ハデに暴れてるって有名みたいだけど、見たところ大きな怪我もないようだし……無事で何より」
結衣は穏やかに笑いながら、コーラの入ったグラスに手を伸ばす。
その意図に気付いた彰人は、「ちょっと待ってろ」とドリンクバーに向かい……すぐさま、メロンソーダのグラスを手に戻ってきた。
「じゃ、ちょっと遅れちゃったけど……久しぶり」
「ああ。お前も、相変わらずで何よりだ」
軽くグラスを掲げ合い、二人は乾杯を交わす。
「さて……実際、何年ぶりになる?
確か、前に会ったのは……宮司の爺さんの葬式のときだったか」
メロンソーダで唇を湿らせ、記憶を辿る彰人。
――かつてカイリの養い親だった宮司の老人が、死に瀕したその折りに。
縁者として、自ら願い出て『処理』したのは彰人だった。
臨終と同時に、頭に銃弾を撃ち込み。
その後、生屍として再生しつつある亡骸を、〈冥界〉となった伏磐へ、隔離壁の上から『遺棄』する――。
〈その日〉、死の在り方が覆ってから、新しい弔いとして定着した『処理』。
それは、精神的に非常に過酷な仕事だ。
だが、だからこそ。
幼少の頃より、自分だけでなく、姉も世話になった恩人だからこそ――。
彰人はそうした仕事を、つらいからと、他人任せにするわけにはいかなかったのだ。
恩人を世界から切り離す、その作業の一つ一つに――かつての世界の倫理観からすれば残酷でしかないその所業に――せめて、ありったけの感謝と、弔いの念をこめるために。
「うん……そう。宮司さんのお葬式以来。
だから……3年ぶり、だね」
結衣も、どこか遠い目をして、少しばかり力無い言葉を返した。
いわゆる『葬式』が行われるのは、実際には故人の亡骸を〈冥界〉へ遺棄し終わってからになる。なので、結衣自身が処理の現場に立ち会ったわけではない。
だが……。
それを為した彰人の重責を思い――さらに。
最期の時まで、公には行方不明ということになっているカイリの身を案じていた、宮司のことを思うと――今でも、胸に痛みを感じずにはいられない。
……結局、結衣と彰人は最後まで、カイリの身に起きた出来事を宮司に話すことはなかった。
いや、正確には、出来なかったと言うべきかも知れない。
しかし――当の宮司は。
あるいは、自分たちの様子から、何とはなしに事情を察して……それでも。
気付かない振りをしていた――していてくれたのではないか、と、結衣は今では思う。