8.思いと覚悟を
――相変わらず、やかましい……。
そんな風に思いながらも、しかしこれも慣れというものか……一種の安堵感すら覚えるようになった、輸送ヘリの回転翼の轟音。
それを耳で聞き、身体で感じながら――。
伊崎 彰人は、ヘリの機内に並んで座る部下たちの姿を確認し直す。
「……今回の作戦も脱落者は無し――。
完璧な指揮でしたね、隊長」
彰人の隣りに座る副官の梶原 兼悟が、抱えたアサルトライフルの銃身を指で弾きつつ、人懐こい笑みを浮かべる。
特別大声を出しているわけでもないのに、この優秀な副官の言葉は、いつも綺麗に耳に届いた。
本人いわく、発声のコツの問題らしいが……彰人はそのコツとやらが未だ掴めずにいる。
なので、返す言葉は心持ち力を込めて大声だ。
「それは、俺がまた単独で突撃したことへの皮肉か?
1年前のコロンビアのときのように」
「半分は。……ただ、そうした自ら矢面に立つ隊長の姿が、隊の士気と結束を高め、結果として損耗率を下げているのも事実です。
――なので、我が隊特有の戦術と見るのも間違いではないかと」
童顔に見合わない兼悟の毒舌に、彰人は小さく苦笑を漏らす。
「どのみち褒められてる気はしないな。
……が、何にせよ――」
言葉を切って彰人は、もう一度、居並ぶ部下たちを見回した。
「誰も『殺さずに』済んだのは幸いだった」
「ええ」
兼悟も素直に同意する。
――敵対するのが人間であれ、生屍であれ……〈その日〉以来、戦闘において、味方の戦死とはただの喪失ではすまなくなっている。
戦死者がそのまま新たな生屍として蘇生し、手近な味方に襲いかかる危険があるからだ。
ゆえに、命を落とした戦友に対してただちに取るべき措置は、冥福を祈ることでも、ましてや家族の下へ連れ帰ることでもなく――。
その瞬間にもう一度、改めて鉛弾を撃ち込むことだった。
もう一度、極力無惨に『殺し直す』ことで……生屍として再生するまでの時間を長引かせるのだ。
そしてそれは、実行する人間にとって大きな精神的負担となる。
当然だ、いかに兵士・戦士として訓練を重ねようとも、彼らとて人間なのだ。
だからこそ、そうしなければならないと理屈で分かっていても、戦友を想い、人としての尊厳を想うがゆえに引き金を躊躇い……。
挙げ句に、そこから隊が瓦解してしまった――というのは、彼ら〈黄泉軍〉に限らず、今や世界中の軍隊で掃いて捨てるほどに転がっている話だった。
「――中尉! 伊崎中尉!」
そのとき、ヘリの副操縦士が振り返り、声を張り上げて彰人を呼んだ。
すぐさま反応し、彰人は操縦席の方へと身を寄せる。
「どうした!?」
「本部から通達です!
帰投次第、残務は副官に預け、至急、司令室へ出頭するように――と!」
「――じゃあ兼悟、悪いが後は頼んだ!」
基地に戻るや、ヘリの回転翼も止まらぬうち、兼悟とともにいち早く大地に降り立った彰人は……。
爆音に負けぬ大声とともに、自身のライフルを兼悟に押し付ける。
「了解しました!
隊長は気兼ねなく、しっかり絞られてきて下さい!」
機外に出て直に風圧にさらされると、彼自慢の発声のコツとやらも用を成さないのだろう――さしもの副官も声を張り上げる。
「おいおい、説教が前提か!? 勘弁してくれ!」
「なら、他に心当たりが!?」
「いの一番に出頭命令を食らうような真似は、最近はした覚えがないんだがな!」
「営倉入りなんて話だけは勘弁して下さいよ!」
「縁起でもないんだよ!」
いかにも気乗りしないという表情のまま、彰人は敬礼を残して営舎の方へ走り去っていく。
それを同じく敬礼で送ってから兼悟は、他の隊員が降りてくるのを待ち、指示を与えて兵舎の方へ戻らせた。
そうして、残った自分も、ヘリのパイロットと後の予定について確認をし合ってから、兵舎へ戻ろうと踵を返したそのとき――。
彼の耳が捉えたのは、ヘリの整備員たちの会話だった。
「……さっきすれ違った伊崎中尉だろ? 訓練生時代に……」
「そうそう、〈同期殺し〉な。
訓練中の事故で瀕死になった同期の仲間を、教官の指示も待たずに躊躇いなく撃ち殺したって話だ。
しかも、それが寮のルームメイトで、入学以来ずっとバディ組んでた相手だってンだから怖えよな」
「あの人のチームに入ったら、助かるケガでも問答無用で処理されそうだ」
ひとしきり笑い合った後、いざ作業にかかろうとする整備員たちを、兼悟は「おい」と鋭い声で呼び止める。
「あっ? か、梶原少尉っ!?」
童顔ゆえの柔和さもかくやという鬼の形相で、射殺さんばかりの視線を向けている上官に気付いた整備兵たちは、慌てて背筋を伸ばして向き直った。
「うちの隊長が仲間への引き金を躊躇わないのは、人一倍相手を思いやる心と覚悟が共に備わっているからだ。
それを恐ろしいと感じるなら、誰か他の中途半端に甘ちゃんな隊長殿に従って、一度、最悪の地獄を覗いてみるか……。
イクサなんざ、さっさと辞めちまうんだな」
それだけを言い置いて、立ち去る兼悟。
数多の戦場を生き抜いてきた人間の凄みに、文字通り震え上がった整備員たちは……。
何も言い返せず、ただ黙ってその背中を見送ることしか出来なかった。