表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/102

 8.思いと覚悟を


 ――相変わらず、やかましい……。


 そんな風に思いながらも、しかしこれも慣れというものか……一種の安堵感すら覚えるようになった、輸送ヘリの回転翼(ローター)の轟音。

 それを耳で聞き、身体で感じながら――。

 伊崎(いざき) 彰人(あきと)は、ヘリの機内に並んで座る部下たちの姿を確認し直す。



「……今回の作戦も脱落者は無し――。

 完璧な指揮でしたね、隊長」



 彰人の隣りに座る副官の梶原(かじわら) 兼悟(けんご)が、抱えたアサルトライフルの銃身を指で弾きつつ、人懐こい笑みを浮かべる。


 特別大声を出しているわけでもないのに、この優秀な副官の言葉は、いつも綺麗に耳に届いた。

 本人いわく、発声のコツの問題らしいが……彰人はそのコツとやらが未だ掴めずにいる。

 なので、返す言葉は心持ち力を込めて大声だ。


「それは、俺がまた単独で突撃したことへの皮肉か?

 1年前のコロンビアのときのように」


「半分は。……ただ、そうした自ら矢面に立つ隊長の姿が、隊の士気と結束を高め、結果として損耗率を下げているのも事実です。

 ――なので、我が隊特有の戦術と見るのも間違いではないかと」


 童顔に見合わない兼悟の毒舌に、彰人は小さく苦笑を漏らす。


「どのみち褒められてる気はしないな。

 ……が、何にせよ――」


 言葉を切って彰人は、もう一度、居並ぶ部下たちを見回した。


「誰も『殺さずに』済んだのは幸いだった」


「ええ」


 兼悟も素直に同意する。


 ――敵対するのが人間であれ、生屍(イカバネ)であれ……〈その日〉以来、戦闘において、味方の戦死とはただの喪失ではすまなくなっている。

 戦死者がそのまま新たな生屍として蘇生し、手近な味方に襲いかかる危険があるからだ。

 ゆえに、命を落とした戦友に対してただちに取るべき措置は、冥福を祈ることでも、ましてや家族の下へ連れ帰ることでもなく――。

 その瞬間にもう一度、改めて鉛弾を撃ち込むことだった。


 もう一度、極力無惨に『殺し直す』ことで……生屍として再生するまでの時間を長引かせるのだ。


 そしてそれは、実行する人間にとって大きな精神的負担となる。

 当然だ、いかに兵士・戦士として訓練を重ねようとも、彼らとて人間なのだ。


 だからこそ、そうしなければならないと理屈で分かっていても、戦友を想い、人としての尊厳を想うがゆえに引き金を躊躇い……。

 挙げ句に、そこから隊が瓦解してしまった――というのは、彼ら〈黄泉軍(ヨモツイクサ)〉に限らず、今や世界中の軍隊で掃いて捨てるほどに転がっている話だった。



「――中尉! 伊崎中尉!」



 そのとき、ヘリの副操縦士が振り返り、声を張り上げて彰人を呼んだ。

 すぐさま反応し、彰人は操縦席の方へと身を寄せる。


「どうした!?」


「本部から通達です!

 帰投次第、残務は副官に預け、至急、司令室へ出頭するように――と!」






「――じゃあ兼悟、悪いが後は頼んだ!」


 基地に戻るや、ヘリの回転翼も止まらぬうち、兼悟とともにいち早く大地に降り立った彰人は……。

 爆音に負けぬ大声とともに、自身のライフルを兼悟に押し付ける。


「了解しました!

 隊長は気兼ねなく、しっかり絞られてきて下さい!」


 機外に出て直に風圧にさらされると、彼自慢の発声のコツとやらも用を成さないのだろう――さしもの副官も声を張り上げる。


「おいおい、説教が前提か!? 勘弁してくれ!」

「なら、他に心当たりが!?」

「いの一番に出頭命令を食らうような真似は、最近はした覚えがないんだがな!」

「営倉入りなんて話だけは勘弁して下さいよ!」

「縁起でもないんだよ!」


 いかにも気乗りしないという表情のまま、彰人は敬礼を残して営舎の方へ走り去っていく。

 それを同じく敬礼で送ってから兼悟は、他の隊員が降りてくるのを待ち、指示を与えて兵舎の方へ戻らせた。


 そうして、残った自分も、ヘリのパイロットと後の予定について確認をし合ってから、兵舎へ戻ろうと踵を返したそのとき――。

 彼の耳が捉えたのは、ヘリの整備員たちの会話だった。



「……さっきすれ違った伊崎中尉だろ? 訓練生時代に……」

「そうそう、〈同期殺し〉な。

 訓練中の事故で瀕死になった同期の仲間を、教官の指示も待たずに躊躇いなく撃ち殺したって話だ。

 しかも、それが寮のルームメイトで、入学以来ずっとバディ組んでた相手だってンだから怖えよな」

「あの人のチームに入ったら、助かるケガでも問答無用で処理されそうだ」



 ひとしきり笑い合った後、いざ作業にかかろうとする整備員たちを、兼悟は「おい」と鋭い声で呼び止める。


「あっ? か、梶原少尉っ!?」


 童顔ゆえの柔和さもかくやという鬼の形相で、射殺さんばかりの視線を向けている上官に気付いた整備兵たちは、慌てて背筋を伸ばして向き直った。


「うちの隊長が仲間への引き金を躊躇わないのは、人一倍相手を思いやる心と覚悟が共に備わっているからだ。

 それを恐ろしいと感じるなら、誰か他の中途半端に甘ちゃんな隊長殿に従って、一度、最悪の地獄を覗いてみるか……。

 イクサなんざ、さっさと辞めちまうんだな」


 それだけを言い置いて、立ち去る兼悟。


 数多の戦場を生き抜いてきた人間の凄みに、文字通り震え上がった整備員たちは……。

 何も言い返せず、ただ黙ってその背中を見送ることしか出来なかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おそらく何度も地獄を見てきた者達だ、面構えが違う。
[良い点] 普通の軍隊だって仲間との死別は精神にくるものがあるでしょうに、黄泉軍は殊更でしょうね(汗) ここまであまり意識してませんでしたが、蘇った仲間を倒さなくてはいけない戦慄という、黄泉軍の厳しさ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ