5.預言者か愚者か
〈白鳥神党〉に対しての苛立ちはともかくとして――。
彼らが、『組織力』という結衣にはないものを持っているのは確かだ。
なので、もしかすると彼らなら、カイリについて何か新しい手掛かりを掴んでいるのでは――と。
結衣は自らの悪感情はひとまず抑え、神党絡みの情報を追ってみるもの……。
「…………。
ハズレ、か……」
神党も、やはり手を尽くして捜しはしているようだが――カイリのことは、未だに、それらしい痕跡すらも見つけられずにいるようだった。
「まあ、神党も未だに――ってのは、良かったと言えば良かったのかも知れないけど……」
落胆し、今日はもうこのぐらいにして寝てしまおうかと思った、そのとき。
――ディスプレイに、メールの新着を告げるサインが表示された。
明日でいいか、と考えつつも……つい条件反射で、メールボックスを開いてしまう結衣。
「あ~……アイツかぁ……」
……届いたメールは、海外の知人からのものだった。
英語で綴られた文面は、今度日本に行ったときはソバの美味い店を紹介してくれ、という他愛のないものから始まって……。
君の探しているものとは違うが、面白いものを見つけた――と。
一つのファイルが添付されていた。
だが、その送信者というのが……生物学の研究者に広い人脈をもつものの、無類の冗談好きでもあり、これまでも散々にからかわれてきていた結衣は。
これも何かバカげた編集動画の類だろうと、あまり期待らしい期待もせず、ため息混じりにファイルを開いてみる。
しかし案に相違して――それは文書データだった。
どうやら、何かの論文らしい。
まさか、つまらないことを延々と、さも論文のようにもっともらしく書き連ねているだけじゃないだろうか……などと、なおも疑いつつ。
斜め読みの気分で、ぞんざいに頬杖を突いて英文を眼で追う結衣。
しかし――。
「え……?
ちょっと――これ、って……!?」
やがて、自然と口を突いて出たそんな呟きとともに彼女は、一転して身を乗り出し――。
真剣極まりない眼差しで、ディスプレイに釘付けになる。
付記されていた送信者の注釈によれば……その論文は。
何十年も前に書かれたものだが、あまりに突拍子もない内容から、まったく顧みられることがなかったという。
それもそのはずで――。
その論文は、生屍、そして屍喰の出現を示唆しているとも捉えられるようなものだったのだ。
現在でもなお戯言と片付けられそうな内容は、〈その日〉以前ならそれこそ、単なる妄想と一笑に付されてもおかしくはないだろう。
そして――このファイルを送ってきた結衣の知人もまた、この論文自体を一種の冗談と見ているらしい。
執筆したのが、当時オスロ大学の学生だった人物で――後に学会から追放されたという、異色の経歴の持ち主であることから……。
執筆者は、周囲に貶められているという被害妄想からの逆襲のつもりか、自らの出来の悪さを隠すつもりか……はたまたそれこそ壮大なジョークとして、こんなとんでもない説をぶち上げたのだろうと推測している。
確かに、論文を細部まで見ると、とても科学的とは言い難い、まるで卜占か神託のような表記すらあって――ただこれを読んだだけなら、結衣も知人と同じような感想を抱いたかも知れない。
しかし――。
知人の注釈にある、この論文の執筆者のデータが。
知人同様に結衣まで、これを学生の妄想か冗談だと切り捨てることを許さなかった。
「…………。
『彼はきっと、世界を変える』――」
――それは、高校生の頃……〈その日〉より少し前のことだ。
七海へのプレゼントを買いに一人で出かけたカイリが熱中症で倒れたと聞いて、急いで向かった搬送先の病院――。
そのときロビーですれ違った西洋人の独り言が、今になって、鮮明に結衣の脳裏に甦る。
翻訳家の父の影響もあり、結衣はそもそも英語が得意だった。
それでも、その西洋人の独り言は囁くような声量でしかなく……注意していても理解出来るか難しいようなものだったが――。
偶然か、あるいはそれこそを運命と言うのか。
結衣は、はっきり聞き取り――そして、覚えていたのだ。
それは、今日、このときのためだったのかも知れない――。
その西洋人が、倒れていたカイリに応急処置を施し、病院へ運んでくれた恩人だと聞いたのは――すぐ後、カイリの病室でのことだ。
ただ、付き添っていた宮司もカイリも、恩人の名前までは聞いていなかった。
そうする間もなく立ち去ったのだという。
「――ロアルド・ルーベク……」
論文執筆者として添えられた、画像データの青年。
それは、年齢の違いこそあれ――。
あの日、あの時……結衣が病院ですれ違った人物に、間違いなかった。