4.白き神性を奉る者たち
そうしたアートマンにまつわる事情もあって、世間的にも屍喰が危険視されているのが理由かは分からないが……。
屍喰の情報といえば、たまたま生屍を捕食するさまを見かけた――などという真贋の怪しい目撃談や、焦点が合わずはっきりとしない写真や動画が出るばかりで、屍喰当人が表に出てきたことは一度としてない。
いや、鮮明な映像が出回ったりしたこともあるにはあったが、それらはすべて、嘘や捏造でしかなかった。
だから結衣は同時に、〈白髪の少年〉の情報も探していたのだ。
こちらはこちらで、白髪の少年が世界にカイリ一人しかいないわけでもなし、また、生屍と違い歳を重ねて容姿が変わっている可能性もあるのだから、やはり雲を掴むような話ではある。
だが、白子ゆえのその髪や肌の白さと赤い瞳が、息を呑むような神秘性となっているカイリの独特の雰囲気は、他とは一線を画して目立つはずだと、結衣は考えていた。
しかし、こちらの結果も芳しいものではなく……。
とある目撃情報から、彼はどうやら日本を出たらしい、というところまでは掴めていたものの――。
以後は、街中の監視カメラにちらりとそれらしい人物が映っていたりする程度の、あやふやなものばかり。
一応はそれにより、かろうじての足跡は追えたものの――それすら、どれほどの信憑性があるかも分からず。
結果として、確かな消息は杳として知れない……というのが現実だった。
そんな状況の中で――たった一つ。
10年前、生屍に襲われたところをカイリに助けられたという、とある一家の目撃談……ただ、それだけは。
疑いようのない確実な情報として――記録にも、結衣の記憶にも残っていた。
「〈白鳥神党〉……」
その目撃談のことを思い出し、ふと口をついて出た言葉は……結衣自身思いもしないほどの苛立ちが籠もっていた。
――白鳥神党。
それは20年近く前、北海道を拠点に勢力を広げていた、新興の宗教集団だ。
数々の奇跡を謳い文句に多くの信者を獲得していた彼らは、その名の通り、白鳥に神性を見出す教義を掲げていた。
そして、その御旗に据えられていたのが……幼き日のカイリだったのだ。
当然、奇跡などはでっち上げであり、後日、信者の親族の訴えなどによって、詐欺や脅迫といった暗黒面が露わになると、指導者らは逮捕され、団体も解散となった。
以来、表立った活動など出来るはずもなく、そのまま消滅していくだけだと思われたのだが……。
「…………」
結衣はしかめ面で、軽やかにキーボードを操作する。
新しくディスプレイに映ったのは、その〈白鳥神党〉の名を堂々と掲げるサイトだった。
……マインドコントロールの効果というのは、一度定着するとなかなか消えるものではない。
そのせいなのか、白鳥神党の解散後も、同団体とその教義を信じ続けていた人間は少なからず存在し――。
そしてあろうことか、10年前にカイリに助けられたというのは……そんな、未だに白鳥神党に心が囚われたままの一家族だったのだ。
しかし、だからこそと言うべきか――もとは同団体の〈生き神様〉だったカイリを、彼らが見間違えたり勘違いしたりするはずもなく……。
結果としては皮肉にも、目撃談の信憑性を高める理由となっていた。
加えて、他の誰でもない結衣自身が、数年前、当の本人たちに取材し……その目で、その耳で、真贋のほどを確認したのだから間違いはない。
――ともかく、カイリに関わる、確実な情報が得られたことは幸運ではあった。
カイリが、殺人鬼のような存在に成り果てず……少なくともその時点では、人の心を保っていたと分かったことも。
だが――同時にこれは、不運でもあった。
未だ神党の教義を――そして御旗であるカイリを盲信している人間が、紛う方なき奇跡そのものの、人間離れした力を振るうカイリと再会したこと――。
それは、日常生活に戻ったはずのかつての白鳥神党の信者を、もう一度まとめ上げるこれ以上ない基盤と成り得たのだ。
しかも、カイリを新時代の救世主として崇める彼らの新たな教義は……生屍の存在に怯え、今の世に不安を抱える、これまでは神党と関わりの無かった多くの人々をも虜にし、着々と新しい信者を増やしているという。
こうして堂々とサイトまで開いているのが、何よりの証拠だ。
幼いカイリを利用し、散々に悪事に手を染めていた、それ以前の指導者……カイリの当時の養い親は、未だ獄中のため今の神党には加わっておらず。
それゆえにか、少なくとも今のところは信者を食い物にして私欲を満たすような犯罪行為はしていないが……それでも。
彼らが勢力を増すことは、結衣にとって不快極まりなかった。
その理由としては――どう繕おうとも神党が、かつてカイリに、罪悪感という消せない負い目を刻みつけた組織だから、というものがまず一つ。
そして、もう一つは――。
生き神であれ、救世主であれ……。
彼女にとって大切な友人で想い人でもある〈人間〉を、人でない〈何か〉に位置付けようとしていることだった。
カイリ君と人としてもう一度会い、叶うなら人に戻してあげたい――。
そんな、彼女の願いを嘲笑うかのように。