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 3.追い続けて


「んん~……! やーっと終わったあ……!」


 ローテーブルに置いたノートパソコンのキーを、最後に一度、景気よく叩くと――。

 霧山(きりやま) 結衣(ゆい)は、全身を伸ばしてそのままごろりと、カーペットに寝転がる。


「ふー……」


 ちらりと、その状態から壁掛け時計に目を遣れば……既に日付は変わっていた。



 ……頼まれていた原稿は仕上がったんだし、このまま寝てしまえ――。



 脳裏をかすめるそんな甘い誘惑を、結衣は頭を振って何とか追いやり……。

 のそのそと起き上がってキッチンに向かうと、小さな冷蔵庫から出したコーラの缶を片手に、テーブルへ戻ってくる。

 彼女は酒が嫌いでも飲めないわけでもなかったが、酔って思考や判断が鈍るのが嫌で、基本的には飲まないことにしていた。


「……さて――と」


 さっきまで使っていた仕事用のノートパソコンを閉じると、脇に置いていたもう1台、プライベート用の赤いパソコンを引き寄せ、電源を入れた。


 それが起ち上がるのを待つ間、コーラを開け、一息に3分の1ほどを喉の奥へ流し込んだ結衣は……ふう、と息をつきつつ、自らの城たるマンションの一室をぐるりと見回す。


 内装そのものは、ここで一人暮らしをすると決まったとき時間をかけて調えたので……暖色系に彩られた柔らかな雰囲気を、まだ何とか保ってはいる。

 だが……綺麗か、と問われれば、まず彼女自身がそう思えなかった。

 もともとは掃除はマメにする方だったのだが、ジャーナリストとしての仕事に追われるうち手が回らなくなり、いつしか部屋の中は、様々な資料が所構わず散乱する事態に陥っていたのだ。


 最低限、本当のゴミだけはきちんと処理することで、雑然とはしていても、汚いという状態にまで堕ちずに踏み止まっていることだけが、彼女なりの、最後の矜持の表れと言える。


「婚期だの何だのってのは、こうやって逃げていくのかなー……」


 ふと呟く彼女の視線が止まった先には、今朝方届いた、高校の同級生の結婚を報告するハガキがあった。


「ま、コレがビールじゃないだけマシ――かね~」


 コーラをもう一口含み、結衣は自虐的に笑う。



 ……結婚がどうとか、そんな話は本気でどうでもいいくせに――と。


 そう――。

 未だに、たった一つの想いだけを追いかけ続けているくせに――と。



「……まったく」


 とっくに起ち上がって待機状態にあるパソコンを、感傷を振り払うように素早く操作して……。

 結衣は、仕事を通して知り合った人物や友人からのメールの確認から始めて、国の内外どころかアンダーグラウンドなものまで含めた、様々な情報サイトをチェックして回る。


 ……それは、〈その日〉を生き延び、生活が落ち着いた頃から、彼女が欠かさず繰り返してきた日課だ。

 もちろん、学生の頃は今ほどディープかつ幅広く手を広げることは出来なかったが、しかし、追い求めているもの自体は変わらない。



 それは――〈屍喰(シニカミ)〉と。

 そして、白髪に紅い瞳の少年についての情報だ。



 さすがに10年も経つと、当初は都市伝説のように囁かれるばかりだった屍喰も、世界的に実在が認知され始めていた。

 だが、生屍(イカバネ)と異なり、基本的に人と同じように意思の疎通が可能だということは、社会に溶け込めばそれと判断するのが極めて難しいということでもあり……。

 結果、情報は虚実入り乱れ、その正確な絶対数などは明らかになっていない。


 ただ、カタスグループが創設した〈黄泉軍(ヨモツイクサ)〉や各国の軍隊が、人が死んだ直後、その処理を行うことが世界的に正式に法律で定められ始め……遺族の意志にかかわらず、介入した彼らが正確な統計を取り始めてから。

 『生屍とは明らかに異なる存在』として起き上がった事例は、世界で僅か2例だけだというから、その数が圧倒的に少ないだろうことは想像に難くない。

 しかも、その2例とも、捕獲はもちろん制止することさえ出来ずに逃げられており、『彼ら』の実態を掴む手掛かりには何らなっていないことになる。


 そして――彼ら屍喰という存在に対する世間の反応は、概ね否定的だ。


 生屍しか喰らわないようだとは言われているが、生きている人間も殺されてしまえば結局同じなのであり……。

 それどころか、そもそもが人間を食用とし、支配するために、死ぬと生屍になってしまう病気か何かをばらまいたのだ――と、元凶のように語られることも多い。


 逆に、彼らは人類を救う救世主だとか、現人類を超越した超人類だ――などと支持する声もないではないが、比べればこちらは実に少数派だ。


 そして、正体不明なのだから、恐れられるのも当然と言えば当然なのだろうが……そうした風潮を生む切っ掛けとなった人物がいた。

 誰が呼んだか、サンスクリット語で〈()〉を表す〈アートマン〉の通称を持つ、インドの無差別殺人鬼がそれだ。


 10年前、死刑と同時に処理され、〈冥界〉へ隔離されるはずだった彼はしかし――生屍とは違う存在として起き上がり。

 満を持して、通常の倍配置されていた兵士の銃撃をものともせず……刑務所中の人間ばかりか近隣の住民まで、思うがままに虐殺し、喰らい、そして逃亡したという。


 以来、その行方は知れず、彼によるものと思しき被害も出ていないものの……。

 近年になってネットに流出した、アートマンの蘇生時に撮影された動画や監視カメラの映像――失態の追求を恐れた当局が隠蔽していたもの――が、これまであやふやだった屍喰という存在の実在を世界に知らしめるとともに。


 その第一印象としての『恐怖』を……人々に刷り込んだのである。





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― 新着の感想 ―
[一言] ごく一部の悪人のせいで、その種族全体が悪とされてしまうのは、あるあるですよね。
[良い点] 良くも悪くもインパクトがあると、人々に認知されますよね。 そして屍喰の事例の1つ、アートマンについては悪すぎる方の印象で、読者としては「あちゃ~」という想いですね。 それと、持ってはいけな…
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