表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/102

25.それぞれの先へ


「……これ、は……?」


 差し出されたメモと財布を反射的に受け取ってしまったカイリは、それらと、ヨトゥン本人の顔を何度も見比べる。

 その様子に、当のヨトゥンは微かに笑みつつ口を開いた。


「そのメモした住所に、私が日本へ渡る際に頼った運び屋がいる。話は通しておくから、会ってみるといい。

 今の君では、パスポートを取ることも、使うことも難しいだろう? だがその運び屋に任せれば、その辺りもうまくやってくれるよ。

 ……ああ、大丈夫。

 確かに相手は裏世界の住人だが、死にかけていたところを救ってやった恩があるから、私の紹介だと言えば悪いようにはしないはずだ。

 もっとも、向こうが何か企んだところで、ただの人間では君相手に何を出来るとも思えないが」


「い、いえ、そうじゃなくて、その……」


 ヨトゥンの意図を汲みきれず、戸惑うばかりのカイリ。

 その肩を、大きな手で優しく叩き――ヨトゥンはきっぱりと言った。



「世界を見てくるといい、カイリ。その眼で」



「……ヨトゥン。で、でも……!」

「――それがきっと、君が探す答えへと繋がっているはずだ」


 穏やかながら、有無を言わさぬ口調で続けるヨトゥン。


「もちろん、それだけじゃない。

 君の身の安全を私なりに考えて、という理由もある」


「僕の、身の安全……ですか?」


「ああ。君も思い至っていることだろうが、人間というものが、我ら屍喰(シニカミ)に対して全面的に寛容になるとは考えにくいからだよ。

 今のところはまだ、不確実なウワサ程度で済んでいるから実害も少ないが……存在がはっきりと認識されれば、我らが忌避の対象となるのは間違いない。

 そうなると、友好的な態度を取ったところで、実験動物のような扱いすらされかねないだろう――それも、生屍(イカバネ)についても何も理解出来ずにいる今の人類では、何ら得る物などない無為極まりない実験の、だ。

 つまり――少なくとも今しばらくの間、我々は姿を隠していた方がいいということになる。

 恐らくその気になれば、我々は、軍隊を相手にしようとも、100や200――いや、きっともっと大勢の人間だろうと、造作なく殺すことも出来るはずだが……そんな真似は望まないだろう? 無論、私もだ。

 だがカイリ、生憎君はその特徴的な外見のせいで、どうしても人目に付きやすい。

 世を捨てて隠棲するわけでもなく、その上、日本という小さな島国に居続けるとなればなおさらだ」


「だから……僕が、先に言ったように行動するつもりなら。

 日本を出るのが、一番だと……そういうことですか」


 ヨトゥンは大きく頷く。

 だがそれでもやはり、渡された財布を、カイリは中途半端な位置から動かせずにいた。


「で、でも、だからって……」


「運び屋への渡りはささやかな手助け、そしてその財布は餞別だよ。

 いくら我らが飲まず食わずで平気だと言っても、路銀があるに越したことはないからな」


「そ、そんな……」


 会ったばかりの人にそんなにしてもらうわけにはいかないと、なおも断ろうとするカイリだったが……ヨトゥンは、笑顔でそれを撥ね除けた。


「生憎と私は独り身でね。君が思っている以上に貯えはあるんだよ。

 それに、私には医術という、いざとなれば稼げる技術があるが……学生の身だった君にはまだそういったものもないだろう?

 ここは素直に大人の厚意に甘えておくといい。

 第一、君は会ったばかりの人に、と言うが――私たちは数少ない〈同族〉なんだ。

 手助けをするぐらい、当然だとは思わないか?」


 ――こういうとき、友人や養い親からは、線の細い見た目に反して案外頑固だ、と言われてきていたカイリだったが……。

 ここまで理路整然と、しかも同族という言葉まで出されて説き伏せられては、断ることも出来なかった。


 改めての感謝の言葉とともに、大きく頭を下げる。


「それで、ヨトゥン……あなたの方はこれからどうするんですか?」


「何も無ければ、君と行動をともにするのも良かったが……私には私で、少々やるべきことがあってね。

 有り体に言って、友人を探しているのだが――その手掛かりが、この伏磐(ふせいわ)にあるかも知れないんだ。それを探さなければならない」


 ヨトゥンの視線に、これまでにない厳しさが宿る。

 多くを聞かなくとも、彼にとってそれがとても大事なことなのだと、カイリにも察せられた。


「そうですか……。

 その、友達に無事に出会えるよう、祈っています」


「ありがとう。君も、君自身納得のいく答えが見つかればいいな。

 果たして、それがどういったものなのか――聞けるときを楽しみにしているよ」


 ヨトゥンは、改めて大きな手を差し出す。

 カイリは今度は戸惑いも躊躇いもせず、それをしっかりと握った。


「……はい。あなたから受けた恩は忘れません、ヨトゥン。

 いずれきっと、お返ししますから」


「そうか。では、そちらも楽しみにしていようかな」


 これも屍喰の性質なのだろう――。

 握り合うお互いの手に、温度としてのぬくもりは感じられない。


 だが……。

 そこにあるのは決して、冷たさなどではなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 出会ったばかりですぐ別れた! カイリ視点のRPGだったら、やっと出来た仲間のヨトゥンに早速お金を掛けて装備を整えたら、すぐ別行動になって「ノオオオウ!!!」ってなるやつ(迫真)。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ