24.〈巨人〉との語らい
……カイリとヨトゥンの二人が、実際に話し合いを始めてみると――。
その状況はほとんど、ヨトゥンという教師が、生徒のカイリに授業を行っているような形になった。
しかし、それも当然のことだろう。
もともと年齢による人生経験の差もある上に、医師としての知識を活かして、自らの身体をも使った様々な実践的検証を行うなど、まさにヨトゥンだから出来たことで……ただの一高校生に過ぎないカイリには、到底不可能な話だからだ。
ただ、だからといってヨトゥンが、カイリの話を軽んじたわけではない。
先に宣言した通り、彼は熱心に、カイリの体験や考えに耳を傾けていた。
その様子が、まるで病院で問診をしているようだとカイリが喩えると……それもそうだとヨトゥンは快活に笑う。
「ふむ……気付けば、すっかり夜も更けてしまったな。
しかし、こうして月明かりの中にあると、ここは……昼日中とはまた違う静けさが、より強く神域らしさを感じさせて……実に趣深い」
そうして、話が一区切りしたところで……。
ヨトゥンは言葉通り何とも興味深げに、大きくゆっくりと境内を見渡していた。
「すいません……結局、長々と立ち話させてしまって」
この神社が自分の家であることは話したものの、少なくともここ数ヶ月は放置されていた手前、人を招けるような状態ではないと、客の案内を遠慮していたカイリ。
しかし今は、こうまで話し込むぐらいなら、やっぱり簡単にでも掃除して家に入ってもらうべきだったと後悔しきりだった。
だがヨトゥンは、気にするなとばかりに小さく手を振る。
「君も理解している通り、私たちの身体は疲労とは無縁だ。
こう言っては何だが、先天性色素欠乏症の君ですらそうなのだから、頑丈さばかりが取り柄の私などは推して知るべしというものだよ。心遣いだけで充分だ」
「……加えて、僕たちの身体はもう老いることもない――でしたよね」
先にヨトゥンから聞いた話を思い出し、カイリは静かに呟く。
……白子であるのは生まれついてずっとだったし、珍しくはあっても起こりうることだと認知されている状態だ。
しかし、『老いない』というのは、明らかに生物の範疇を大きく逸脱した異常だ。
加えて――恐らくだが、死ぬこともないのだ。
薄々そうではないかと感じていたものの、改めて他人から証拠をもって突きつけられたその事実は、少なからずカイリにとってショックだった。
太古の昔から、多くの人間が渇望してきた不老不死という至宝……それが、こんなに残酷で無慈悲なものだとは思わなかった。
――僕はただ、僕を認め、受け入れてくれた大切な人たちと、穏やかに生きていたかっただけなのに……。
知らず、カイリは拳を握り締める。
これが、かつて神を騙ったことへの罰なのか。
これほどに、苛烈な罰を負うほどの罪なのか――。
「……ちなみにだ、カイリ。
君は、私たち……一般的には、〈屍喰〉と呼ばれるようになった私たちという存在について、どう捉えている?」
「僕……ですか? 僕は……」
唐突に向けられた質問に、意識を引き戻されたカイリは眉根を寄せて考え込む。
しばらくそうしていると、答えが出るまで時間がかかると踏んだのだろう――ヨトゥンは先に、自らの考えを語り始めた。
「私は、一種の進化のようなものではないかと捉えている。
人が、その上の別の存在になるため、文字通り一度死に、そして生まれ変わったのだと。
そもそも人間は、今の状態に進化するまでにも、何らかの突然変異がなければ説明がつかないと言われるほどに、劇的な変化を経てきているのだからね。
……もちろん、これはあくまで私自身の、現時点での推測だ。
この先、世界の誰かが突き止める真実は、まるで違うものかも知れないが」
「僕は――」
一度言葉を切り、そうして改めて意を決したように――カイリはヨトゥンを見上げた。
「僕は正直まだ……ヨトゥン、あなたのようにきちんと事実を受け止め、整理することが出来ていません。
自分がもう人間でないことを理解しているくせに、でも納得出来ていない――そんな弱虫です。
けれど、僕は……だからこそ、なのか……人間としての心までは失いたくありません。
もうとっくにそんなものは無いのかも知れないけど……でも、自分が人としてと信じる、その心に沿った生き方をしたい――それを探したい。そう、思うんです」
「ふむ……なるほど」
否とも応ともせず、ヨトゥンはただ自然に、落ち着いてカイリの言葉を受け取った。
「では――これから、君はどうする?」
「……ヨトゥン、あなたに会えて分かったことも多いですし、色々と考えることも出来ました。
だからひとまずはこのままさらに、同じ屍喰となってしまった人を探していこうと思います。
そうする中で、この異変の真実や、僕自身の答えも見つかるかも知れませんから」
「そうか。……よし」
一つ頷いたヨトゥンは、自分の肩掛け鞄を探り、取り出したメモ帳に何かを走り書きすると……。
そのページを破り取って、自らの革製の財布とともにカイリに差し出した。




