22.〈同じ〉二人
燃えるような夕陽の中――。
境内を横切って近付いてくる大きな人影を、カイリは黙って見守っていた。
(……やっぱりだ、間違いない……この『感覚』。
この人は……!)
白い肌と、短く整えられた金髪、青い瞳――品の良いスーツを少し着崩したその男性は、いかにも日本人が想像する欧米人らしい特徴を備えていた。
「やあ、こんにちは。
……てっきり、誰もいないものと思っていたんだが」
そんな挨拶とともに男は、彫りの深い――力強さと聡明さを兼ね備えた、映画俳優のような端正な顔を柔和に崩して、カイリに笑いかける。
「え……っと……!」
予想外の男の気さくさに、どう反応したら良いのかと、戸惑いに硬くなってしまうカイリ。
男はしかし、それを気にする風でもなく――カイリの手の汚れと、その背後、榊の根元の土の盛り上がりに気付くと。
いかにも大人らしい、落ち着いた調子で改めて尋ねた。
「ふむ……。
もしかしてそこには、誰か大切な人が?」
「あ…………はい。
……僕が、誰よりも好きで……。
そして、僕を好きでいてくれた人――です」
「……そうか」
俯き加減に答えたカイリ。
男は、そんなカイリの肩を言葉少なに優しく叩くと……七海の仮初めの墓標の前に腰を落とし、神妙に目を閉じ、しばらく手を合わせ続けた。
「――花の一輪もあれば良かったのだろうが……」
やがて立ち上がった男が発した言葉に、カイリはゆっくりと首を振る。
そうして、
「いえ……あの、ありがとうございます。
……ところで――」
心からの感謝に続く言葉を、一度切って――男を見上げた。
「あなたは……僕と〈同じ〉……ですね?」
「遠目には、もしや、というぐらいでしかなかったが。
……そうだな。疑いようもなさそうだ」
何が、と問う必要すらなく――男は、静かに頷いた。
「……初めてです、〈同じ〉人に会ったのは。
まさか、身体の変化だけじゃなくて、『意思の疎通』まで、こんな風に出来るようになっているなんて」
「ああ……それについては、互いに〈同じ〉かどうかは関係ないようだよ。
私はこうして日本に来るまで、様々な国の人に会ったが……相手がどこの出身であれ、意思の疎通にはまったく問題なかったからね」
そう話す男の言葉は、英語だ。そして、カイリが使っているのは当然日本語――。
男の語学力を評するよりもまず先に、少なくともカイリは、スムーズに会話が出来るほど英語は堪能ではない。
にもかかわらず……カイリには男の言わんとしていることが、普段通り日本語で会話しているのと同じように理解することが出来た。
――違う言語だと理解しながら、しかしその言葉に乗せられた想いを、そのまま直に読み取っているかのように。
そしてそれは、男の言を信じるならば、ただ受け取るだけでなく伝えることも出来る、双方向に作用する能力らしい。
「遅くなったが――私の名はトルヴァルト・ボルクマン。
友人からは〈巨人〉と呼ばれている。
……見た目通りで分かりやすいだろう? 君もそう呼び捨てにしてくれて構わないよ」
改めて、そうなごやかに差し出された男の大きな手を、カイリはしばしきょとんと見つめた後……。
慌てて、上着の裾で土を払い落とした自分の両手で掴み、握手を交わした。
「よ、よろしくお願いします、え……っと、ヨトゥン。
僕はカイリ。時平 カイリ……です」
「ああ、よろしく、カイリ。
君のように理性的な……そう、〈同族〉に会えたことを、心より嬉しく思うよ」
カイリの手をしっかりと握り返し、ヨトゥンは微笑む。
一方でカイリは、驚きに目を見開いていた。
「! ヨトゥン、まさかあなたは……。
僕以外の〈同じ〉人にも、会ったことがあるんですかっ?」
「おっと――すまない、誤解させてしまったか。
残念ながら、それについての答えはノーだ。
ただ……日本への船旅の途中、立ち寄ったインドの港で噂を聞いてね。
……何人もの罪の無い人を殺して死刑になった殺人鬼が、生き返って姿を消した――そんな話を」
「……殺人、鬼……」
よりもよってそんな人種だなんて――と、カイリは驚きとともに眉をひそめる。
ヨトゥンが、自分のような子供までわざわざ『理性的』と言いたくなる気持ちも、分かる気がした。