21.ようやくの弔い
――ナナ姉が……いない……?
改めて、その場所を調べてみても……。
あるのはただ、血に黒く汚れた彼女の制服だけだった。
……七海が、もう一度起き上がったりしなかったのは間違いなかった。
だからこそ、せめて弔わなければならないと、この地へ戻ってきたのだから。
もしかすると、無意識のうちに都合良く記憶を改竄していたのでは――と疑うも、記憶の中で必死に復元したその光景は、真実だ、という確信があった。
彼女は生屍にはなっていない、と。
そして――骨まで風化するには、1年という時間はあまりに短い。
――どういうことなんだ……?
その疑問に答えを出せないまま……一度バスを出て、手近なガードレールに何気なく腰を下ろすカイリ。
そうして、彼がふと落とした視線は――ヒビ割れたコンクリートの隙間に、何かが入り込んでいるのを見つけ出した。
「!? あれって、まさか……!」
慌てて拾い上げたのは……どことなく小生意気な、しかし愛嬌ある表情の招き猫っぽい子猫のマスコット。
カイリ自身はよく知らないものの、何かのキャラクターをもとに作られた限定品で――七海がスマートフォンのカバーに付けていたのと同じ物だ。
紐は千切れ、全体的に薄汚れてしまってはいるものの……野ざらしになっていたわりには、案外状態は良い。
そういえば……と、さらに記憶を辿れば、あのバス事故の直前、七海が彰人に電話していたことを思い出す。
窓に近付いて外を見るような仕草もしていたから、事故の衝撃で手を離れ、外に飛び出していたのだろう。
よくよく近くを探してみれば、見覚えのあるスマートフォンが、事故車両の下敷きになって砕けているのも見つかった。
そして、そのスマートフォンのカバーには……あるはずのマスコットがない。
「……ナナ姉……」
やはり七海のもので間違いなかった、その小さなマスコットを――カイリは改めて、そっと両の手の平で包み込む。
……あまり物には執着しなかった七海が、珍しく欲しそうにしていた希少品のマスコット。
何とかその望みを叶えてあげたくて、彰人に協力してもらって置いてある店を探し――彼が一人で、遠方まで出向いて買ってきたのだ。
きっと喜んでくれると思いきや、その日は特に日射しが強く暑い日で……熱中症で倒れてしまって。
青い顔で病院に駆けつけてきた七海に、万が一のことがあったらどうするのかと、彰人ともども散々に怒られた。
涙ながらに怒ってくれて、心配してくれて――でも最後には、願った通り、満面の笑顔でプレゼントを喜んでくれた――。
ふっと過ぎった、そんなかけがえのない思い出は、胸の奥に温もりを生んだ。
人でなくなってしまった今の彼に……しかし、人であった頃と同じ温もりを。
形見の品として見つかったマスコットと七海の制服を、大切に両手で抱いたまま……カイリは。
大事な家でもあった、神社へと戻ってきた。
住む人を失い、崩壊の兆しを見せ始めていながらも……慣れ親しんだ境内は未だ、清閑な空気を失わずにいる。
街を覆う、寂しく哀しい、『死』そのもののような冷たい静寂――。
それとは違い、ぴんと張り詰めたような清浄な静かさは、冷厳でありながらしかし同時に優しく……カイリは懐かしさとともに、予想しなかった安心感をも覚えていた。
ひとえにこれも、宮司としてここを管理し続けてきた、養い親の人柄によるものなのだろうと、今になってことさらに彼は痛感する。
(爺ちゃん……元気でいてくれればいいけど)
夕陽に紅く染められた境内を奥へ進んだカイリの前には、高さ10メートル近い榊の大樹がある。
その根元に、七海の遺品を埋めると……彼は、そっと手を合わせた。
「……ナナ姉……」
せめて安らかに、と言いたい――。
だが果たして、自分にそれを言う資格があるのかと、カイリは唇を噛む。
閉じたまぶたの裏には、七海と積み上げた思い出が、これでもかと次々に浮かんでは消えていき、想いも合わせて膨らんでいく。
だが、それでも……固くとざされた彼の唇が、それを紡いで形にすることはなかった。
代わりに、湧き出る涙の雫が、音も無く頬を伝い落ちていく。
彼を包む思い出は、どれも暖かく、心地好く――それだけに、悲しい。
悲しいが、しかしそれでもカイリは、いつまでもこうしていたいと思わずにはいられなかった。
――いっそこのまま、こうしてこの場所を守り続けていけば――。
何もかもを投げ出して、過去の大事な思い出だけを見つめて生きる――。
ふと胸を過ぎったそんな誘惑に、ともすれば屈してしまいそうだったカイリ。
しかし、そのとき……。
「――――っ!?」
後方に感じ取った異質な気配に、そのまま夢に沈み込みそうだった彼の意識は、乱暴に現実へと引き上げられた。
慌てて腰を上げ、目元を拭いつつそちらを振り返る。
(……これ、って……! まさか……!)
カイリが見据える中、境内を横切って近付いて来ていたのは――。
実際には2メートル程度なのだろうが、それよりもずっと大きく感じる……巨人めいた人影だった。