19.選ぶ道の先に
「……だから、ジャーナリストを目指すんだろう?
アイツを見つけ出せるように。救える方法を探すために」
――もう一度、カイリに会いたい――。
その望みを口にすることは、どんな形であれ、彰人の感情を高ぶらせてしまうに違いない……。
そう覚悟していた結衣だったが――彰人は、意外なほど冷静で。
いや、むしろ……先ほどまでより、雰囲気が穏やかになったようにさえ感じられた。
「う、うん――もちろん、それだけじゃないけどね。
純粋に、この異変の真実を追いかけたいっていう……その気持ちも本当」
肩透かしを食らったような気分の結衣。
そんな彼女からの答えに、再度窓の向こうへ視線をやった彰人は――「そうか」と、大きく息を吐き出した。
「まあ……お前がカイリのことをどう想っていたのかも……それが未だに変わってないのも、知ってたからな。
いずれ、そういう道へ進むだろうと思ってたさ」
「…………。
バカなこと言うな、って、すっごい怒られるんじゃないかと思ってた」
結衣の素直な一言に、彰人は苦笑を漏らした。
「言ったって、どうせ聞きやしねえだろうが?
見た目も人当たりも気ィ弱そうな感じのキャラのくせに、こうと信じたらテコでも動かねえ頑固者だもんな、お前は。
そこは親父さんともバッチリ意見が合ったんだ、違うとは言わせねえぞ」
「あはは……。ン――そう、だね。
……ありがとう」
「別に礼を言うようなことじゃねえだろ。積極的に応援、てわけじゃないし。
そもそもお前の人生なんだ、俺がとやかく言う筋合いなんてないんだからな。
……好きにやればいいさ」
「じゃあ……彰人君は?
その自分の人生――卒業した後、どうするつもり?」
結衣から質問を返された彰人は……一瞬、言うべきかを迷ったようだった。
しかし、そもそもずっと隠し通せるものでもなく、また、先に結衣の方から正直に打ち明けられたこともあってか――。
彼女と同じく、真剣な眼差しとともに答えを口にする。
「俺は卒業したら、養成所に入るよ。
――〈イクサ〉になる」
「……そっか。やっぱりね」
結衣は伏し目がちに頷く。
今度はきっちり、彼女の予想通りの返答だった。
――イクサ。それは正式名称を〈黄泉軍〉という、カタスグループ所有の、生屍処理を専門とする私設軍隊の名称だ。
当初は、異変への対応策の一環としてとにかく早期に運用する必要があったため、大半が即戦力となる傭兵や退役軍人で組織されていた黄泉軍。
だが、当然ノウハウもない生屍との戦闘では損耗も大きく、加えて金を頼みに緊急に寄せ集められた集団なので、内部規律も良くないという問題があった。
そこでカタスグループは、軍隊としての骨組みをより強固にするだけでなく、通常の軍事教練に加えて、これまで培われた生屍に対しての知識、戦術を教授し、より効率的に任務を遂行出来る専門家を育成するために、独自の養成所を設立したのである。
もちろん、〈その日〉よりまだ1年――プロジェクト自体ようやく始動したばかりで、肝心の養成所そのものも、グループ本拠の日本にようやく第1号が完成したところだ。
実績など無く、通常の軍隊に比べて、どれほど効果的な訓練を受けられるかも分からない。
だが――確かなこともある。
それは、黄泉軍となるのにこれ以上ない最短距離ということ――。
つまりは生屍と、それを喰らうと噂される屍喰なる存在に、命を賭けて向き合い続ける……そんな環境に最も早く辿り着ける、ということだ。
「何とかして、カイリ君と、もう一度――。
そう思ってるのは、一緒なんだね」
「……そうだな。
会う目的は……真逆かも知れねえけどな」
ことさら静かにそう返す彰人の心底に、改めて結衣は燻り続ける怒りを見た。
……それは、悲しい怒りだ。
決して報われず、決して救われず、しかし捨て去れないもの……。
彰人とて、それが分からないわけもないだろう。
だがそれでも彼は、時による風化に任せるでもなく、ましてや人に頼るでもなく……自ら決着させる道を選んだのだ。
「……そっか」
だから、結衣はただ頷いて肯定することしか出来ない。
先に彰人が、自分の決意を後押ししてくれたように。
それに……黄泉軍に身を置いてまで探すからと言って、問答無用でカイリを殺めるような選択を、出来る出来ないは別にしても、彰人がとるとは思えなかった。
そして、僅かなりとも言葉を交わす機会があれば――彰人も考えを変えてくれるかも知れないと、結衣は信じている。
「お前も、止めないんだな?」
「だって、言ったところで聞かないのも一緒でしょ?」
わざとらしく呆れ気味にそう言うと、彰人も「まあな」と頬を緩めた。
――選ぶのが、どんな道でも。
どんな結末に至るとしても。
彰人に「帰ろっか」と声を掛けて、結衣は席を立つ。
――きっとわたしたちは、もう一度会わなきゃいけないんだ……カイリ君に。




