表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/102

16.生き神様


 ――生き神様。


 思わず立ちすくんだところへ投げかけられたその言葉に、カイリはぞっとする――氷よりもなお冷たい亡者の手が、胸の中に忍び入り、心臓を鷲掴みにしたかのように。


 カイリの足下に、縋るように(ひざまず)いた二親は。

 不自然な輝きに曇った眼を真っ直ぐに向け、口々にカイリを再び〈生き神様〉と――彼が最も忌み嫌う名で呼び始めていた。



「まさ、か……あなたたちは――」


「ええ、ええ、そうです! 〈白鳥神党(しらとりしんとう)〉の者です!

 まさか、このようなところで再びお目にかかり……そればかりか、早速ご加護を賜れるなんて……っ!」


 カイリの心臓を掴んだ亡者の手は、その力をゆるめるどころか、さらにきつく締め上げにかかっているようだった。

 ……いや、心臓ばかりではない。

 目が眩み、知らず後ずさろうとした足すら、逃がさないとばかりに捕まえられる。


「ああ……! やはり、あなた様は真実、生き神様でした……!

 〈白鳥神党〉が解体の憂き目に遭った後、私どもの周囲の者たちが盛んに、あなた様をニセモノだ、ペテンだと貶め、私たちは騙されていたのだと言い立てていましたが……。

 ああ、良かった……!

 そんな戯言に耳を貸したりせず、あなた様を信じ続けていて、本当に良かった……!」


「ま、待って! 僕は、僕は――!」


 やめてくれ、と叫びたい。しかしそれすら叶わない。



 辺りを覆う雪の白さが――。

 あの頃自分がいた空間の、造られた『白さ』に重なる。


 見上げてくる輝き濁る眼が――。

 あの頃自分がいた空間を満たしていた数へ、増殖していく。


 母を騙る巫女が――。

 白鳥の神性を説き、顕現たる彼こそ生き神と偽る声が聞こえる。


 父を偽る教祖が――。

 生き神の奇跡を謳い、演出された神通力を騙る声が聞こえる。



 北の地に住んでいたあの頃……。

 何も知らない子供だったのは確かだ。

 何の力も持たない弱者だったのも間違いない。


 だが――養い親が、自分たちの欲望のためだけに多くの人々を騙し、生活を壊す……その悪事の片棒を担いでいたのは、否定のしようもない事実なのだ。



 司法の手が入り、団体が解散になったあと、カイリを引き取ってくれた老神主は……そんなカイリの罪悪感を安易に否定したりせず、それも改めて人として生きるために必要な、心の一部だと認めてくれた。

 そうして、カイリがそれを受け止めた上で、真っ当な人間へ成長していけるように、ゆっくりと見守ってくれた。


 加えて、彰人(あきと)が――そして、七海(ななみ)がいた。


 白子(アルビノ)であることを理由にいじめられるたび、自分の中でぶり返す罪悪感が、これは罰だと自分自身を責め立てるのを……彼らの存在が救ってくれた。

 だから、彼は真人間になれた。

 罪悪感は消えることはなく、些細なきっかけで古傷のように痛もうとも、それを受け止め、抑え込んで、胸を張ることが出来た。



 そう――半年前までは。

 自身が、こうして人でなくなるまでは。



 こうなったからと言って、自分はやはり生き神だったと(のたま)うつもりなどない。

 当然、だからあの頃養い親がしていたことも、詐欺などではなかったと、擁護するつもりもない。


 だが、自身が既に人ではないこと……それは事実なのだ。


 否定したくても、しかしどうあっても否定しきれない事実――。

 それを、決して消えない傷痕ごと抉られる責め苦に、カイリの心は今にも千々に引き裂かれそうだった。



「僕、は……っ……!」



 その苦痛のもとになっているものを目の前から消し去ろうと、足下に跪く二親を、今にも、その人外の膂力の秘められた腕で薙ぎ払いかけるカイリ。


 しかし、僅かに上げた視線の向こう――。

 寄り添い合う幼い姉弟の姿に、かろうじて我を取り戻す。


 ……あの子供たちが、既に親の影響を受け、彼を生き神と見る、歪んだ教えに傾倒しているのか――それともまだなのかは分からない。

 だが、今この瞬間はまともに見えるその無垢な瞳が、両親と同じ、あの濁った輝きを宿すのが怖かった。

 いや……のみならず、もしも今、とっさに踏み止まれずに両親を殺してしまっていたなら、それどころでは済まなかっただろう。

 そのとき、彼ら姉弟が向けてくるのは、間違いなく、憎悪を含んだ恐怖だ。


 ――あのとき、七海を喰らう彼に、彰人が向けたものと同じ……。


 不幸中の幸いと言うべきか、少なくともその最悪の事態は何とか避けられた。

 子供たちから親を奪うこともなく、自らの心の平衡もかろうじて守られた。


 だが、今この瞬間からは……子供たちの移ろう感情が、その瞳にどんな色を映し出すか分からない。

 少なくともカイリにとって好ましいものであるはずはなく、狂気か、恐怖か……そのどちらかに限られるとしか思えなかった。

 そしてそのどちらも、彼は見たくはなかった。


 まして、かたや一度は七海を重ねて見た少女だ――そんな昏い感情を顕すところなど、とてもではないが見られない。耐えられない。



「――あっ!? い、生き神様……っ!!」



 だから――彼に出来るのは、ただ逃げることだけだった。


 すべてを振り切り、決して振り向かずに走り去ることだけだったのだ――いつかのように。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] カイリが屍喰になったことと、生き神様と呼ばれていたことに、因果関係は多分ないんでしょうけど、こうなってしまった以上、白鳥神党は断固としてカイリは生き神様だと主張するでしょうね。
[一言] カイリの心のキズは、見た目の差別の話だけじゃなかったのですね〜。 この新興宗教がどう物語に絡んでくるかは分かりませんが、事が起こる前の平時でも避けて会うことがなかったはずなのに、よりにもよっ…
[一言] この過去は普通にしんどいすなー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ