44.その先へ、別れようとも
――〈回帰会〉と〈出楽園〉の和解が成ってから、3ヶ月が慌ただしく過ぎ去った。
晃宏によって食い止められた、回帰会主戦派による破壊工作は……。
実行者たちの供述をもとに、首謀者や関係者――そして彼らの身勝手な動機が明るみに出たことで、却って、立場的に中立だった人々の意志をも、大きく融和に傾けるような皮肉な結果に落ち着いた。
しかし、そもそもの根本的な理念の隔たりが、今回の紛争の発端になりかけた両陣営である。
和解を経て、改めて対話による協調が約束されたとはいえ……理念の違いそのものがなくなるわけではない。
ゆえに、そのままではいつまた火種として再燃するやも知れず――それを防ぐ意味でも、様々な約定が取り交わされもした。
その上で、それらの立会人として、また中立公平な第三者として……晃宏たち、日本本部を基点とする新生カタスグループは重要な役割を担うことになり。
結果、期せずして彼らは――〈暗夜〉により分断したグループを繋ぎ直すという目的と、日本のように世界にも再び平穏を取り戻すという目的を、ひとまずは同時に達成出来たのだった。
――そうして、3ヶ月という短い時間の間に、何とか両陣営協力の枠組みの基礎が出来上がったところで……。
晃宏たち〈使節団〉は、数人の連絡員をウラルトゥに残し、日本への帰途につくことになった。
「……正直、やりかけの仕事をそのまま放っておくみたいで……今ひとつすっきりはしないんだがなあ」
暁光の中、ウラルトゥの正門前で……見送りに来た、PDの実質的な新代表となった八坂 洋一郎に、馬を引く晃宏は冗談めかして悪態をつく。
対して洋一郎は、彼らしい穏和な笑顔で応えた。
「大丈夫ですよ。
このテの頭脳労働は、伊崎さんがいたところで大した戦力にはなりませんから」
「……言ってくれるよ。
ま、実際その通りなんだけどな」
快活に笑い返しながら晃宏が差し出した手を、洋一郎はしっかと握り締める。
「……伊崎さん。あなたに会えて、本当に良かった。
本当に、あなたのお陰で私たちは――」
「いいよそれは。もう言われすぎなぐらいに言われたからな。
――それより俺も、お前に出会えて本当に良かったよ。
お前みたいな人間が居てくれるなら、もうこっちの方は安心だ」
「――ええ。
その期待を裏切らないように、これからも精進しますよ」
「その、微妙に堅っ苦しいところは、思考と同じでもうちょい柔らかくしてもいいと思うけどな」
今一度洋一郎と笑い合い……続けて晃宏は、洋一郎と並び、同じく彼の見送りに来ていたバティスティに目を向けた。
「バティスティ、お前もな。会えて良かった」
「……僕もだ。
キミたちに会えたことは、本当に……僕にとって、何よりの僥倖だった。
この出会いがなければ、僕は、今頃――」
俯き加減に言葉を絞り出すバティスティ。
晃宏は苦笑混じりに、その肩を叩く。
「そうならなかったんだからいいじゃねえか。
それに……まあ、俺もお前と同じで、ある意味ボンボンだからよ、言えた義理じゃないのかも知れんが……。
家名だ家柄だってのに振り回されたからこそ、見えるモンってのもあるだろ?」
「そう――そうだな。
僕も、僕なりにやってみるさ――キミほどのバカにはなれなくても」
「おいおい……知ってるか?
人をバカ呼ばわりするヤツこそバカなんだぜ?」
洋一郎のときと同じように、笑い合い……二人は自然と握手を交わす。
そんな、三人の若者の様子を見ながら――。
バティスティの傍らに立つ梶原が、微苦笑混じりに鼻を鳴らした。
「バカを治すには死ぬしかないが……かろうじて何とか、『洟垂れ小僧』は卒業といったところだな、晃宏。
……やれやれ、これで私もようやく、お前のお守りを退けるというものだ」
「ったく、惜しいところだぜ。
もうちょっとで、今度は俺が手厚~くお守りしてやる側に回れたのによ?」
梶原の悪態に、慣れた調子で悪態を返す晃宏。
……バティスティを初めとする回帰会の兵士たちの要望、そして本人の希望もあり――。
梶原は〈使節団〉を離れ、『特別顧問』として彼らとともにベネツィアへ向かうことになっていた。
「ふん、生憎とまだまだ耄碌は出来んさ。
……性根を叩き直してやらねばならん悪ガキどもは、まだまだいるようだからな」
「ああ……そうだな。
鬼の梶原に鍛えられりゃ、ボロボロになりすぎて、今回みたいな下らんことを考えるようなヤツもその元気が無くなっちまうだろうよ」
どちらからともなく、梶原と拳を打ち合わせ……晃宏は、引いていた馬に飛び乗った。
「…………。
そっちは、任せたからな……ケン爺」
「お前の方もな、晃宏。
……もはや、二度と会うこともないが――達者でな」
梶原のその一言に、晃宏は目を閉じる。
しかしそれは、一瞬――ほんの僅かな一瞬だけだ。
「おう――ケン爺もな。
老い先短い余生なんだ、くれぐれも元気にやれよ?」
「フン……ぬかせ、悪ガキが。
あの世につまらん土産話しか持ってこれんようなら、隊長と二人で叩き出すからな?
……せいぜい、気張ってやれ――己の為すべきことを」
梶原の不敵な笑みに、イタズラ小僧のように笑い返しつつ――肩のホルダーに収まった、幼き日に彼から贈られたナイフを叩いてみせた晃宏は。
さらに、街を囲む壁の上を――きっと、こちらからは分からなくても、そこから見ているだろう白髪の屍喰をも振り仰いで。
「――それじゃあな!!」
その場にいる、すべての人に声を張り上げて別れを告げ――。
勢いよく、馬のきびすを返した。