43.託された想い
「――――!!
お前……お前は――――!!」
今このときまで、生きるか死ぬかの状況下にいたこと……。
それすら忘れて、反射的に声を上げる晃宏。
応じて、肩越しに振り返る少年の――その紅玉の如き瞳を見た瞬間。
晃宏は確信した。写真などで改めて確認する必要すらなかった。
目の前に立つ、この少年こそが――時平 カイリだと。
祖父の彰人が生涯をかけて捜し続け……その想いを継いだ自分もまた、追い求めていた相手だと。
感覚的に分かってしまう、自分たち『人』より大きな存在――これこそが〈屍喰〉なのだと。
「――向こう側の人たちを頼むよ。
銃は無効化したけれど、このまま放っておくわけにはいかない」
改めて、誰何しようとした晃宏の機先を制し、静かな声で告げるカイリ。
それに戸惑うのも刹那の一瞬――晃宏はすぐさま思考を切り替え、素早く無言で動き出す。
遮蔽物にしていたコンテナを一気に乗り越え……。
突然現れたカイリに、役に立たなくなった銃に、あからさまに動揺している3人の工作員たちへ肉薄すると。
咄嗟の反撃も軽くあしらい、鋭い打撃を繰り出して順に意識を刈り取っていく。
そうして無力化した3人を、資材として置かれていたワイヤーで縛ってから戻れば……先ほどと同じ場所に立ったままのカイリの足下にも、3人の工作員が並んで横たわっていた。
「……殺してねえんだな。
てっきり、喰らうために〈生屍〉にしてるかと思ったが」
晃宏の皮肉めいた言葉に、カイリは――。
一瞬、何かを言いかけたものの……哀しげに微笑みつつ、小さく首を横に振るだけだった。
その反応に晃宏は、バツが悪そうに舌打ちしつつ……再びその場のワイヤーで、工作員たちを縛り始めながら。
顔も見ずに、カイリに指示を出した。
「……どうせなら、最後まで手伝え。
コイツらは一箇所にまとめる、向こうの連中もこっちへ運んできてくれ。
アンタなら、大した手間じゃないだろう?」
「さて――こんなもんか」
カイリが運んできた3人も含めた、6人の工作員を一つ所にまとめて縛り上げ……完全に無力化し終わって。
それまで無言で作業に没頭していた晃宏は、ようやく手をはたきながら立ち上がった。
そして――傍らで見守っていたカイリと、真っ直ぐに向かい合う。
「……まずは、礼を言っとく。
アンタの助けがなきゃ、俺も無事じゃなかったかも知れねえからな――時平 カイリ」
改めてカイリの名を呼ぶこと……それは、取りも直さず。
ここからは、人と屍喰という曖昧な間柄でなく、互いに個人として向き合うことの宣言だった。
あるいはそれでも、もはや人でない存在は気に留めることなどないのかも知れない――晃宏はそんな可能性も考えていたが。
彼の一言に、心持ち居住まいを正すカイリは――人と何ら変わらないようにも見えた。
「アンタはもう知ってるのかも知れねえが……一応、名乗っておく。
俺は、伊崎 晃宏――アンタの昔馴染み、伊崎 彰人の実の孫だ」
晃宏の名乗りに、カイリはただ静かに頷く。
「……アンタのことは、ガキの頃から爺さんに聞かされていた。
そして――自分の代わりにアンタに出会えたならと、爺さんから託されたモノがある」
そう前置きして、晃宏は……目を閉じ、一つ息をついた。
自らの意を決し。
今一度、祖父の姿を思い浮かべ――その想いを、確認するために。
そして――
「――この……大バカ野郎ッ!!」
自らが口にするのではなく、預かった想いそのものを吐き出すように――そのたった一言を、カイリに叩き付けた。
「――っ……!?」
それまで身構えるかのようだったカイリの表情は、あ然としたものに変わり……。
そしてそのまま、眉根を寄せていく。
まさにその一言は、彼には――彰人本人が発したように聞こえた。
それだけに、そのたった一言にありったけ込められた彰人の想いが……理解出来た。
彰人が、こういう物言いで自分を叱ってくれるのは、どんなときだったか――。
もはや遠い――けれど決して忘れることなどない思い出の中で、輝いていた。
『バッカ野郎……! そんなときゃ、俺を頼りゃいいんだよ!』
姉の七海と同じように――。
うつむいてばかりだった自分を叱咤してくれた、彰人の姿が。
不甲斐ない自分を叱って、でもその後には笑ってくれた――そんな親友の笑顔が。
「ずっと、恨まれてるって……憎まれてるって、思っていた……!
でも、彰人……! キミは……キミ、は……っ!」
カイリの紅い瞳の端から、雫がひとつ、頬を伝い落ちる。
……屍喰となったあの日、あらゆる関係を絶とうとしたときに、涙は流し切ったと思っていた。
星の一部として星に寄り添い、世界を見守ろうと決めた自分に、もう流す涙など無いと思っていた。
なのに――
「……あき、と……彰人……っ……!」
……ともすれば晃宏は、もう少し彰人のことを語る気でいた。
カイリが、屍喰として七海を喰らったあのとき――その姿に畏怖を覚え、逃げ出してしまったこと。
あんな状況だからこそ、そして自分だからこそ、カイリを信じてやらなければならなかったのに――それが出来なかったこと。
彰人がそれを、ずっと後悔してきたことを。
カイリが、託された一言の真意を理解出来ないようなら――キッチリと語ってやるつもりでいたのだ。
だが――
「……良かったな、爺さん。
アンタの親友は、ずっと――アンタの信じたままだったよ」
……ひとしずくの涙は、やがて流れとなり。
膝を折り、子供のように泣きじゃくるその姿を見れば……。
もはや、晃宏に――わざわざ語るような言葉など、ありはしなかった。