6.インフラ作りの成果
焼き畑をした畝からは、野菜の葉が大きく育っていた。せっせと水をやった。
多少の病気で萎れたりするのもあったが、間引きして感染を防いだ。得体の知れない害虫が取り付いた。執念深く、それらをつまんでは取り除く。
どこからともなく青色のモンシロチョウが寄ってきては、卵を生み付けようとするのには辟易させられた。隠田は箸で、空中の羽虫を捕らえられる域に達していた。
色鮮やかな鳥の群れも狙ってきた。畑の上に張り巡らせた防鳥ネットが効果を発揮した。
テナガザルまでもがやってきたが、パチンコで撃退。礫で痛い目を見たサルどもは二度と現れなかった。
夜になると猪まで通うようになった。
隠田は時折ハサミを使って自分の髪の毛を切っていたので、その髪の束をビニール袋に入れ、柵にぶらさげておくだけで獣は避けるようになった。
しかし効果は長続きしなかった。雨に降られたりして臭いが劣化するのか、定期的に交換しなければならない。夜通し寝ずの番をするほど暇ではないのだ。
作物が収穫できる時期はまだ2カ月は先だったが、いかに店頭で並ぶ商品になるまで大変かが、身をもって知らされた。
セメントの材料を運搬しなればならない。
浜辺に打ちあげられた大量の貝殻を桶ですくった。えっちらおっちら、第2拠点まで担いで運ぶ。
はたして何往復したことか……。最寄りの浜から、ツリーハウスまでは片道1キロはあるのだ。
半裸の身体も浅黒く日焼けし、とりわけ大腿四頭筋からふくらはぎにかけてワイヤーを束ねたように鍛えられていた。足の裏の硬さにかけては鉄板なみだ。
こうしてツリーハウスのそばに、白い貝殻がうず高く積まれた。同時に乾燥した海藻も山となった。
丸太の先端で大まかに貝殻を砕く。
次に、平たい岩と岩の間で挟み込み、ぐりぐりと回転させ粉末にする。持ち手をつけると回しやすくなった。
途方もない量の殻をすり潰した。時間をかけて粉にしていく。その間、雨に降られると元も子もないので、天候次第で退避小屋に運んだ。
海藻も同じく岩で砕き、できるだけ細かくする。
膨大な量が裁断され、粉末と化した。よくも根気よくやり遂げたものである。
ある晴れた日、いざセメント作りがはじまった。
粉末状の貝殻と海藻に水を混ぜ、よく捏ねる。はじめは少ない量で試してみる。配合の割合はやっているうちに、なんとなくわかってきた。
鉄材を組み合わせて作った左官のコテで、水路の側面やら底やらを厚塗りする。思いのほかセメントの量を要した。
この地味な作業が隠田には新鮮で楽しく、嬉々として塗っていった。
幅50センチ、深さ30センチの溝をセメントで塗っているそばから乾いていき、指で弾く感触から、水漏れの心配はなさそうだ。
こうして5日をかけ、長さ80メートル超の水路はセメントで補強された。
念のため、乾燥に3日をおき、悲願の水の引き入れ。蔦を代わりにテープカットまで行った。
板でできた堰を取り払い、小川から水を引き入れると、チョロチョロとだが勾配に沿って水が流れ込んでくる。
はじめこそ微々たる流れにすぎなかった。徐々に勢いをつけ、清流が水路を伝う。
隠田は両眼が突出するほど見開いて、水漏れしていないかチェックしながら、水の流れを追った。ときおり蹴つまずき、横向きに転ぶ。
セメントの具合は申し分ない。よく乾燥していたおかげで水が汚れることもないようだ。
たっぷり時間をかけて、ツリーハウスの真下の貯水池にチョロチョロッと流れ込んできた。
同時に、隠田は万歳三唱をした。
髭面で日焼けした半裸の男が、全身全霊でバンザイするのである。ヤニのついた眼から涙があふれていた。
◆◆◆◆◆
朝から小雨が降っていたので、めずらしく休養していた。
ツリーハウスの小屋でベッドに寝転んだまま、貯水池に満々と水がたまっているのを眺める。
雨粒で白いしぶきをあげていた。
苦労した甲斐があった。これで水運びをせずにすむ。成果を見つめるのは誇らしい。
小屋の中央の囲炉裏から、ピィーッ!と笛吹ケトルみたいな音が聞こえた。
串に刺したいくつものイモムシが炭火で炙られているのだ。クリーム色した節のある、長さ14センチもある幼虫だ。まだ焼け切れていないイモムシは身をよじっていた。内地の人間が見たら、顔をしかめてそっぽを向くにちがいない。
カミキリムシの幼虫――テッポウムシだった。薪割りしていると木の内部に潜んでいるのである。無人島生活では貴重なタンパク源だった。
香ばしい匂いが立ち込めている。いい具合に焼けたので、隠田は串刺しにしたテッポウムシのひとつを手に取り、スナック菓子のように口に放り込んだ。
弾力があり、奥歯で噛むとプツンと薄い表皮が破れ、たちまち濃厚なバターのような甘い味が口いっぱいに広がる。戦前戦中生まれの日本人はこれを好んで食べたと聞いたことがあった。マグロのトロに匹敵するほど濃い脂身の食材だというが……。
髭だらけの半裸男が、嬉々として幼虫をクチャクチャやる。
隠田は次々とたいらげていった。前歯で噛めば、ブチュッと白い体液が飛び散り、髭や胸にかかった。指についたドロッとしたそれも舐め取る。
薄い板で編んだボウルを引き寄せた。
野菜がてんこ盛りにされていた。上には5つのウミガメの丸い茹で卵がトッピングされている。
言わずもがな、焼き畑農業で収穫したものだった。彩り豊かで、こちらは見るからに食欲をそそった。
さすがにドレッシングのような気の利いたものはないので、じかに口に入れる。
牛が草を食むように、あごを左右にスライドさせ噛んだ。
ふいに違和感を憶え、食べるのをとめる。
口を開け、指を突っ込んだ。
メタリックな色のコガネムシを摘まみ出す。
確認したあと、その虫を食べた。どうせテッポウムシにも動じない悪食だ。
ひとしきりあごを動かしてから、ペッ!と唾を吐き出した。
コガネムシの硬い頭部と羽だった。