カエリミチ
ガッツリホラーというよりかは、少し怖いけど心温まるような作品になっていればと想います。
読んだ後にどんなことを感じたのか感想で皆さんなりの「カエリミチ」を共有しませんか?
読んでいただいた方々の様々な「カエリミチ」を聞ける事を待っています。
自分はそこそこの人生を歩んでいると思う。
毎日綺麗な妻と可愛い子供が待っている家庭に、”かえれて”円満に暮らせているのだから。
ただ強いていうなら…仕事が辛いくらい。
今日も最終バスの時間ギリギリで会社を出てバス停に向かう。
今日は疲れが溜まっているのか、ぼーっとしてしまう時間が多かった。
仕事が終わった、という気の緩みが出たのかもしれない。
いつもの”かえり”道を歩いて”いく”。
よく事故が起こる信号の無い横断歩道を確認する事もなく、渡ろうとしてしまった。
「危ないっ!」
女性の声が聞こえる。
その声に顔を挙げたところでようやく、横から車が来ているのに気づく。
あ、これは避けれない。
光で視界が白く塗りつぶされた…。
と、思ったら引っ張られて奇跡的に助かった。
しかし引っ張ってくれた方の姿は見えない。
どこに”いった”のだろうか…。
周りの人たちも事故にならなかったことで落ち着いた。
座り込んでいた状態から立ち上がる。
勢い余ったのか、スーツの上着の裾が少し切れてしまっている。
袖も切れている。
あぁ、これは買い替えなきゃなぁ…。
ポケットから携帯を出すと、画面にヒビが入ってしまった。
しかし、その衝撃よりも時間が迫っていたことに焦りを感じた。
小走りでバス乗り場に”いく”。
いつもの”かえり”道、いつもの風景。
そのはずなのに、違和感が付き纏って離れない。
ヒビの入ったスマホをつけるが故障しているのか、電源はつくが動きはしない。
時間も事故に遭いかけた時で止まっている。
バス停の電光掲示板のようなものも故障中の張り紙されている。
時間の確認のしようがない。
体感時間で2~3分経っただろうか。
いつものバスが来た。
乗り込むと最終バスだからか、ガラガラで適当な座席に座り外を眺める。
家に向かってバスがいつもの道を”いく”。
今日はいつもより静かな気がする。
街並みもいつも通りなのに…この違和感はなんだろうか?
自宅の最寄りのバス停で降りる。
いつもとなんら変わらない…はず。
家に向かって歩き出す。
マンションや一軒家から漏れる明かり、街灯によってくり抜かれたかのような暗闇。
明るい所と暗い所がきっちりと区切られている。
少しばかりひんやりとした、風が吹く。
後ろから何かに押されるかのような感覚を感じながら、家に向かって公園を通り過ぎて”いく”。
大通りから曲がって一本裏に入る。
耳鳴りがしそうなほどの静寂。
圧迫され四肢が冷たくなって”いく”ように感じる。
「早く”かえろ”う」
少しばかり足早に”かえり”道を急ぐ。
しかし、小さい十字路に差し掛かった時に昔のことをふと思い出す。
恋をしていた幼馴染の女の子がいた。
彼女は病気で数年前に亡くなっている。
その彼女と僕はよく、この道を散歩コースとして歩いていたな。
そんなたわいも無いことを思い”かえし”ていると、前から来た女性とすれ違う。
懐かしい匂いがふわっと香り、すれ違った女性が気になり振り”かえる”。
その女性は、自分が通ってきた道を戻るように曲がって”いく”所だった。
たまたま、彼女が通った後にその匂いがしただけだろう。
気になりつつも”かえり”道を急ぐ。
次の曲がり角を曲がって、最後に長く緩い坂を登り切ったら自分の家だ。
曲がり角が見えて来た時、塀の上から猫の鳴き声が聞こえた。
見上げると、見たことがあるような猫が自分の歩いてきた方向に向かって、歩いて”いく”所だった。
錆びた階段を器用に跳びながら、塀の向こうに消えて”いく”。
先ほどの女性といい、今の猫もどこか見たことあるかのような…。
引っ掛かるものがありながら家に向かう。
いつも、ご飯のいい匂いをさせる一軒家のところを曲がり坂道を登り始める。
普通に歩いても5分以上かかるこの長い坂も、学生時代によく通っていた場所でもある。
当時はここをアシストがついていない自転車で、登ったりしていたのが信じられない。
そんな思い出に浸っていると、前から自転車が下ってくる。
高校生カップルのようだ。
こんな真っ暗の中を自転車の頼りないライトだけで下るとは。
そんな考えを巡らせているうちに、彼らは私の横のスレスレを通って”いった”。
暖かい風と共にすれ違う。
「うわっ…」
見えなかったのか結構危ない運転だった。
あのスピードで下に”いった”ら危ないんじゃ無いだろうか…?
今日は結構振り”かえる”ことが多い。
今回くらいは見に”いった”方がいいかもしれないな。
「あ、ちょっとあなたぁ!」
「あぁ、遅くなってすまん!すぐ”かえる”からちょっと待っててくれ!」
思ったより”かえる”のに時間がかかっていたんだろう。
妻が玄関先から呼びかけてきた。
しかし、さっきのカップルが気になったので、声だけかけて2人を追いかけることにした。
少し足早に”かえり”道を戻って”いく”。
かなりのスピードだったから、何かあれば大事になっているだろうと、戻る足が自然と早くなって”いく”。
「あれ、あの女の人は…」
降った先にいたのはカップルではなく、最初にすれ違った女性が猫と戯れている姿だった。
猫がこちらに気付き女性も気づく。
女性に見られていると、冷え切っていた手足がほのかに暖かくなる。
声をかけようとすると、彼女は来た道を戻って”いく”ように曲がり角に消えて”いく”。
「あ!ちょっと!」
咄嗟に声が出た。
猫が反応したが、そのまま闇に消えて”いき”そうになっている。
追いかけて曲がる時、車のエンジンがかかる音が遠くから聞こえる。
妻がそこまでして追いかけてくるなんて何事なんだ。
車が動き出した音を背にして追いかける。
すぐに女性が消えた曲がり角につく。
すると女性の姿は道の先に消えて”いく”。
ありえない…早さだけど…今は追いかけるしかない。
そんな気持ちになぜか駆り立てられる。
自分の”かえって”来た道を、なぞるように戻って”いく”とバス停でようやく追いつく。
最終バスは終わっているはずなのにバスが止まっている。
その女性はこちらを見るようなそぶりを見せつつ、猫と共に乗り込む。
誘われるように自分も乗り込んでしまう。
女性と猫は後方の二人がけの席に座る。
そこは、幼馴染の彼女がよく座っていた席。
顔を挙げた女性の顔はまさしく幼馴染だった。
乗降口で呆けたように見つめていた。
動いている気配すら感じなかったが、気付けば外は街灯が通り過ぎて”いく”。
「君は…亡くなってるはずじゃ…」
彼女は微笑みを向けてくれてはいるが喋りはしない。
後ろから、車に乗って妻と見知らぬ男が追いかけてきた。
二人とも見たことがないほど、冷たい視線を向けてくる。
その視線に惹かれるように一歩踏み出そうとした時。
「あなたはまだ…」
突然、彼女がつぶやく。
そのおかげで意識が自分の体に”かえって”くる。
すーっと二人の車が離れて”いく”。
そして、今まで感じていなかった自分の体の重みを急に感じる。
曲がり角の横方向の荷重にふらつく。
ふと、昔の記憶がよみ”がえる”。
学校からの”かえり”道に子猫を拾った事。
二人で夜遅くまで遊んで坂道を自転車の二人乗りで降ったこと。
さっき事故に遭いかけたところで、彼女も遭いかけていた。
学生時代から、彼女が病室で息を引き取る瞬間までが走馬灯のように思い”かえす”。
そして気付けば会社近くのバス停についていた。
降りていく彼女と猫。
自分も降りる。
プシュー…
バスが去って”いく”。
バス停に取り残され、彼女を見ると。
会社の方を指さして固まっている。
猫も足元で座っている。
「貴方が”かえる”道はこっち。こっちの道はまだ”いく”べき時じゃないよ。」
足元にいた猫が体を擦り付けてくる。
そして、子猫がよくしてくれたように、つま先のところをふみふみしながら尻尾をペシペシしてくる。
「まだ来るべきではないけど、私のこと忘れないでね」
その言葉に同調するかのように、猫も鳴く。
押し出すように後ろから暖かい風が吹いて、今度は足を踏み出す。
彼女の方を振り返るとその姿は消えていた。
その向こうには、妻が乗ってきていた車にとてもよく似ている車が、事故を起こしたのか、ひしゃげてオレンジ色の炎をあげて燃えている。
風に押されるように会社に向かって”いく”。
事故に遭いかけた横断歩道に着くと、横から車のライトが急に近づいてきて、視界が真っ白に塗りつぶされる…。
白い視界から目を開けると部屋の天井が見えた。
視線を巡らせると心電図の機械などが見える。
病室にいるようだ。
巡回に来た看護師さんが意識があるのを見ると、色々と確認をして医者を呼んで…。
色んな検査や確認をされた。
その途中で気づいたが、隣のベッドには妻が寝ているようだ。
しかし、意識はないようで日に日に弱っているようだった。
どんどんと元気になって”いく”自分に比例して弱っていき、息を引き取った。
退院してからは健康に暮らして”いけた”。
そしてあの夜のことだが。
引いたのは妻の浮気相手と妻が車で引いてきたようだった。
その直後、道路脇に衝突し二人は同じ病院に運ばれていた。
あの時、後ろから追いかけてきた二人は何をしようとしてきたのか。
幼馴染がいなかったらどうなっていたのか。
もしかしたら、二人が怨念を持って自分を引き込もうとしていたのかもしれない。
殺そうとしてきた妻。
浮気相手の男。
亡くなる直前まで想いあっていた幼馴染。
弱っているところを保護した猫。
純粋な思いが助けてくれたのかと今なら思える。
家に『帰る』
人に向けた想いが『返る』
あるべき所・形に『還る』
殺しに『行く』
想いを受け継いで『往く』
人生の終わりに『逝く』
人は日々、色々な道を通って”いく”。
そして色々な道を”かえる”、モノを”かえす”。
貴方は今どの道を”いき”
どの道を”かえって”いますか?