第7話
「店長どうかしたん?」
「なんだろ?でも…」
ベルタが二人を見比べて驚いている。店長に見つめられてたじたじのクリスに、はっとしたような顔をしたマリオが言う。
「なんか、俺。その人知ってるような気がする。」
目を見開いてじっとクリスを見つめるマリオの瞳は左右で色が違う。マリオはそれを気にしているので、ベルタは口にしないが、かっこいいと思っている。その横顔をみていると、不意に自分に顔を向けられてドキッとしてしまった。
「ど、どういうこと?」
「うーん、例えば、前世でお母さんだったような…」
二人で話しているのとは別に、じっと見つめ続けられていたクリスは耐えられなくなって、声をあげた。
「あ、あの。私の顔、変ですか?」
「あ、ああ。ごめんね。知り合いにとっても似てたものでね。メニュー渡しておくね。」
ごまかす様に軽く笑って、店長は厨房へ引き下がった。一緒に厨房に戻ろうとするマリオをベルタがぎゅっと掴んで引き寄せた。
「なぁ、店長って、あんなこと言うタイプやったっけ?」
「いやぁ、あんなこと言うの初めて見たよ。お客様には常に平等にって、言う人だからね。」
「ねぇ、ベルタ。私、なんかおかしなことしてるの?」
眉尻を下げて、オロオロするクリスを、ベルタはぎゅーっと抱きしめた。
「大丈夫や。知り合いに似てたって言ってただけやん。まあ、いっつもふんわり優しいオーラに包まれてるから、見つめてしまうのも分かるけどな。クリス可愛いもん。」
「もう、ベルタまで変な事言わないでよぉ」
笑いながら、ベルタはさっさとメニューを広げてクリスにパフェを勧めるのだった。
ひとしきりスイーツを食べて、落ち着いたころ、再び店長がやってきた。
「ねえ。今、アルバイト募集中なんだけど、君たち、バイトする気はない?」
「クリス!例のブラックキャットのライブ行くんやったら、ちょうどええやん。軍資金は必要やろ?」
「ベルタは?」
「うちは、ブラックキャッツは興味ないしなぁ。ばあちゃんの家に時々はいかないとあかんから、今回はパスやな。せやけど、この店やったら、雰囲気も悪くないし、うちはお勧めするで。」
ベルタの言葉に満面の笑みを浮かべているのは店長だった。
「ベルタちゃん、良いこと言うね。プリンおごっちゃおう」
「やった!」
「う~ん、じゃあ、お願いします。でも、私にできるかなぁ。」
「「できるできる!」」
その場にいた全員に押し切られて、クリスは思わずのけぞった。
「ありがとう!これ、就業規則なんだけど、お家の人にも見てもらって、許可をもらってほしいんだ。」
ちょい悪風の店長にしてはきちんとしていて、クリスはちょっとだけこの店長を見直したのだった。
店長が厨房に戻るのを確認して、ベルタが確信に迫る質問をする。
「なぁ、クリス。部活でなにかあったん?昨日は早退したんやろ?」
クリスは再び眉尻を下げて、うつむいてしまう。そんなかわいい親友を、ベルタは辛抱強く待つことにした。
『まったく、この子は。気持ちだだ洩れやねんけどなぁ。』
「あのね。気が付いたら、すごく気になる人がいて。だけどね。その人には、たぶん好きな人がいて、相手の人も、きっと彼の事が好きみたいで。私、横入りなんてできないし。」
それだけ言うと、再びうつむいてしまう。
「う~ん、エレナ先輩は、ローランド先輩に相談に乗ってもらってるけど、別にローランド先輩を好きなわけじゃないと思うけどなぁ。」
「ひぇ? ど、どうして? な、なに? ええ??」
あわあわと焦るクリスの頭を優しくなでながら、ベルタは続ける。
「うちは、エレナ先輩の大ファンやろ? だから、ずーっと見てるけど、ローランド先輩はエレナ先輩のタイプとちゃうねん。ていうか、クリス、ホンマに気づいてないの?」
春の空色の瞳が、揺らめいているのを見て、ベルタは大きなため息をついた。
「まあ、ええか。自分で気づかないとあかんよな。それより、店長のこと、ホンマに知らんの?」
「知らない。今日初めて会ったんだもん」
「マリオの事も、知らんよなぁ? 前世で親子やったとか。」
「やだもう。前世ってなに?ベルタったら、変な事言わないでよ。」
ベルカが自分の悩みをしっかり把握していることが、恥ずかしいような嬉しいような不思議な感覚のクリスだった。
それから数日が過ぎ、クリスは部活とバイトで大忙しだったが、案外、ふんわりした雰囲気が店と合っているとお客さんにも受け入れられていた。クリスは、大好きなブラックキャットのライブに行くべく、懸命に働いた。
店長は、思いのほか優しくて、歳の離れたお兄ちゃんッという感じ。マリオは幼馴染みたいな感覚で、クリスは居心地の良さを堪能していた。
ある日の部活で、次の学校行事で使う音楽について相談していると、珍しくクリスは手を挙げた。
「あの、今注目されているブルースカイの曲はどうでしょう?」
「へぇ、クリスってブルースカイなんか聞いてるの?」
ブルースカイはかなりハードなロックバンドだ。思わずエレナが尋ねると、えへっと笑いながら言い訳する。
「あの、バイト先の店長さんの一押しだそうです。」
「クリス、聞いたことあんの?」
「うーん、お店には流れてるけど、良く分からないの」
「あははは。クリスらしいなぁ。」
部員たちは楽しげに笑っていたが、笑い切れない人物が一名。ローランドだ。
『なんだか最近、店長、店長って、バイト先のことばっかりだな。部活とバイト、どっちが大事なんだ!』
「部長。どうしたんだよ。そんな怖い顔して」
「ふふふ。店長店長って、部活とバイトどっちがだいじなんだ!とか思ってそう。」
「は? そんなわけないだろ。」
部長の耳元で、小気味良いからかいが囁かれていく。どんなに隠しているつもりでも、彼らには通じないのだ。
その日、バイトが休みだと聞きだしたローランドは、思い切ってクリスのバイト先に行ってみた。店内は明るく、客のほとんどは女性だ。
「いらっしゃい。一人?だれかと待ち合わせかい?こちらメニューです。」
「あの、店長さんですか?」
「ああ、そうだよ。」
「少し、お話をしたいのですが、いいですか?」
ローランドの挑むような表情で、何かを感じ取った店長テオドールは、ローランドを控室に招いた。