第4話
翌日、クリスは学校に行くことを躊躇っていた。ベルタはまだいないし、どんなに避けたくてもロイは後ろの席だ。迷いながら、いつものようにベランダの花たちに水を与えていると、何も知らない花たちが、声を掛ける。
「おはよう、クリス。ねえ、ダンディライアンはどうしてる?昨日は帰ってこなかったけど、そのまましばらく学校に居座るの?」
「あ、しまった!」
突然やってきたロイに気を取られて、ダンディライアンを回収するのを忘れていたのだ。クリスはすぐさま学校に行く用意を済ませると、家を飛び出して行った。
意外なことに、ロイはその日、学校を休んでいた。放課後、クリスが部活のない放送室に置いてきぼりにしたダンディライアンを迎え行くと、だれか先客がいた。
「おまえ、あいつと本当に話ができるのか?魔力を持った植物は知っていたが、まさか意志を持っているとは思わなかったなぁ。」
「あいつ?あいつって、誰の事?」
「あいつっていえば、ク、クリスティーナだろ」
「ふふ、まあ、いいけど。クリスはいい子だよ。君が惚れるのも、仕方ないね。」
「え? ぼ、僕は別に…」
ふいにドアが開いて、驚いたように立ち止まっているのは、クリスだった。ダンディライアンに水を与えていたローランドは、大きく見開いた瞳で凝視する。春の空のようにふんわり柔らかな水色の瞳とはちみつ色の巻き毛が揺れている。クリスがやってきただけで、部室に春の風がふんわりと吹き抜けたように感じた。
「え?あ、あの。うちのダンディを置き忘れてしまって…。あの、お水をありがとうございます。」
「ああ、たまたまだ。あれから大丈夫だったか?」
「はい。ロイは、…昨日来た男の子は、同じクラスで、席が私の後ろなんです。だから、今日学校に来るのが怖かったんだけど、この子を置き忘れていたことに気が付いて…。でも、今日、ロイはお休みでした。」
「そうか」
ローランドの雰囲気が、いつもより穏やかに感じて、クリスはふっと緊張が解けるのを感じてほほ笑んだ。
「先輩は、植物に興味がないと思っていました。だから、こんな風にお世話してもらえるなんて、思ってなくて…」
クリスが、水をもらって満足げにしているダンディライアンをなでながら言うと、なぜかダンデイラィアンがニヤニヤして部長に目を向けた。つられてそちらに目をやると、耳を赤くしたローランドが、固まっていた。
「あー、そうだな。実は、ダンディライアンが意志を持っていることが分かって、非常に興味深いと思ったんだ。魔法研究をしている身としては、特に調べて見たくなって…。」
「あの、もしよかったら、このままこの子をここに置いておいてもいいですか?」
クリスは期待を込めてローランドを見つめた。背の低いクリスが見つめると、まるっきり上目遣いになって、狼狽を隠し切れない変顔のローランドを追い詰める。
「い、いいんじゃないか? 水やりを忘れるなよ。」
「はい!ありがとうございます!」
「じゃあ、遅くならないように帰れ。鍵は僕が掛けておく。」
「分かりました。では、お先に失礼します。ダンディ、良かったね。また明日ね。」
天使が撥ねるようにはちみつ色の髪をふんわり揺らせて、クリスが帰っていく。それを見送って、ローランドは胸を抑えて机に突っ伏した。
「な、なんだ、これ? 誰かの魔法?それとも病気か?」
「青春だな…」
部長のつぶやきに、ダンディは訳知り顔で返した。
2日が過ぎ、無事にベルタが帰ってきた。おばあさんが思いのほか元気になっていたので、予定より早く帰れたのだ。
「はぁ、やっぱりエレナ先輩の声はええなぁ。うっとりするわ。」
校内放送で、エレナの声が流れている。ランチタイムの購買部の案内を告げるものだ。
「なぁなぁ、クリス。お昼にもっと先輩たちのイケボ聞きたいと思わへん?」
「うーん、たとえば?ラジオみたいな感じ?」
「あ、それええやん! クリス、ナイスアイデアや!今日の部活で提案してみようよ!」
二人は早速部活でお昼の放送を提案してみた。もともと学校の行事以外に活動らしいことはなかった放送部。2年の部員もみんな賛成するのだった。
「お昼の放送っていうと、やっぱり音楽だよね。DJ風に番組作りをしていく感じか?」
「顧問には、さっき確認をとって、了承されているから、あとはどういう番組にするかだな。」
「じゃあ、まずはどんな音楽を流すかリサーチしましょう?」
2年生が乗り気になっているのを、うずうずしながら見つめるベルカは、ここで「はい!」と手を挙げた。
「今からショップに行ってみませんか?」
「あ、そうだね。いいんじゃないの?そうと決まれば…」
アーノルドがすっくと立ちあがると、皆もすぐに準備を始めた。
学校から駅に向かう途中の商業施設には、レコードやCD、楽器などを扱っている店が2軒ある。5人はすぐにそちらに足を運んだ。しかし、すんなりとそこに辿り着くことはない。
「なあなあ、クリス。あんなところにファンシーショップなんてあった?!」
「え?」
「ああ、あれは先週オープンしたみたいよ。」
ベルカが目を輝かせて言うと、エレナが答える。クリスはあまり出歩かないので、その辺りには疎いのだ。
「わぁ、先輩詳しいですね!ちょっとだけ寄ってもええ?」
「少しだけね。」
1年組はさっさと店の中に潜り込み、あれこれグッズを手に取っていた。
「あ、かわいい!」
その時、珍しくクリスが気に入ったものを手に取って呟いていた。それは、小さなパステルピンクのハートが横に並んだ真っ白なマグカップだ。じっと見つめていたが、おもむろにレジに向かう。もちろん、ベルタはかご一杯に買い込んでいた。
「あらあら、夢中になっちゃって。ふふ」
「エレナは見ないの?」
遠巻きに見ていたアーノルドが声を掛けると、自分には可愛すぎると苦笑いが帰ってきた。
「そうでもないだろ? あ、これなんかエレナっぽいと思うけどな。どう?確か、誕生日が近かったよな。プレゼントするよ。」
「え?!」
驚きのあまり返事もできないエレナを置いて、アーノルドはさっさとレジに向かった。呆気にとられるエレナは、赤くなる頬を隠して、他の棚を眺めるふりをするのだった。
「おい、そろそろ行くぞ。」
ローランドの掛け声で、部員たちは、ファンシーショップを離れて移動を始めた。
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