第3話
数日が過ぎ、週2日の部活動で発声練習などを教わっていた二人に、部長も少しは手ごたえを感じ始めていた。
「ねえ、ローランド。今回は逃げ出されずに済んで良かったわね。」
「別に、いじめていたわけじゃない。やる気がない奴に来てほしくなかっただけだ。」
「ふぅ。誰もがあなたみたいになんでも卒なくこなせるわけじゃないでしょ? 私は、二人とも可愛いと思うけど。なにより一生懸命じゃない?」
ローランドは胡乱気な目でエレナを見た。
「誰だったか、あの二人の前に来た新入生に冷たく言い放っていたよな。やる気がない人は必要ありません!とか」
「あら、明らかに遊んでいられると思っている子なんて、必要ないでしょ?それに、睨みを効かせて、何か用か?って聞いたのは誰よ。」
「おいおい、二人とも落ち着いて。心配しなくても、この俺がちゃ~んとあの子たちの事は可愛がってあげるからさ。」
なだめるアーノルドを、氷のような視線で突き刺す部長がそこにいた。
「おまえは女の子目当てなだけだろ。」
「ええ!失礼だな!そんなの当たり前だろ?おまえの感覚がおかしいんだよ。」
二人のやりとりを、眉尻を下げて見ていたエレナは、小さくため息をついて帰り支度を始めた。
「じゃあ、また明日ね」
「「おう、またな」」
エレナが教室を出ても、二人のやりとりは続いていた。
次の部活は、珍しくデルタが欠席だった。大好きな祖母が怪我をしたというので、1週間ほど学校を休むという。普段二個一で行動しているクリスとベルタだったが、クリスは休まず部活に顔を出した。
「あら、ベルタは?」
「今日から1週間、お休みなんです。おばあちゃんが怪我しちゃって、みんなお仕事忙しいらしくて、あの子が手助けに行くって言ってました。それで…」
クリスはもじもじしながら、カバンから小さな植木鉢を持ち出した。
「あの、ベルタが休みの間だけ、この子を置いておいてもいいですか?」
「なんだ、これ? タンポポ?」
「えっと、ダンディライアンっていうお花で、たんぽぽを品種改良しているそうです。ベルタが休みだって聞いて不安がっていたら、ついてきてくれるって言うから…。」
後半は消え入りそうな声になっていく。どうしよう。勢いで持ってきちゃったけど、バカにされないかなぁ。。 クリスは視線をあげられないでした。
「お~お~、かわいいねぇ。クリスはお花とお話するんだよなぁ。」
『分かってる。先輩は悪気なく言ってるけど、このかわいいは、本当の意味じゃない。やっぱりおかしいと思われてるんだ』
「アーノルド、からかうな。おい、今日も朗読の練習だろ。そいつがいるなら、いつもよりリラックスできるはずだ。やってみろ。」
「えっ?…は、はい。」
正直、クリスは驚いていた。そんな物、持ってくるなと言われるかと思っていたローランドが、ダンディライアンを認めてくれている。視線をやると、ダンディライアンがにんまり笑っていた。よし、がんばろう。クリスは顔をあげて深呼吸すると、朗読を始めた。
その時、ローランドはすました顔をしながら実は驚いていた。クリスが持ってきた植物に違和感はなかったはずなのに、彼女が朗読を始めると、植物から温かい魔力が彼女に降り注いでいるのが分かったのだ。そして、その魔力を受けているクリスが、ふんわりとした光に包まれて、はちみつ色の髪色と相まって、天使のように見えたのだ。突然、ダンディライアンはちらっとローランドに視線を向けて、ウインクして寄こしたように見えた。
「え?」
「どうかしたのか?」
能天気なアーノルドに声を掛けられた部長は、慌てて何でもない風に装ったが、なぜか動悸がとまらない。これは、誰かが放った新たな魔法なのか?あとで調べてみよう。。ローランドは、急いで自分の用意した原稿の黙読に集中しようと試みた。
部活動が終わって、帰り支度をしていると、誰かがドアをノックした。
「クリスティーナ、ちょっといいかな。」
少しだけドアを開けて、ロイが顔を出した。
「あら、お友達?」
エレナは声を掛けたが、後輩は明らかに狼狽している。エレナの顔色が変わったことを察知したアーノルドが、間に入った。
「えっと、なにか用?」
「あの、ちょっとクリスティーナに話があって、もう部活は終わったんですよね。」
挑むような眼でアーノルドを見つめるロイを、クリスはより一層警戒した。
「悪いけど、うちのクリスは、君には用がないみたいだよ。」
「そんなはずはないです。彼女は、俺を助けてくれたぐらいなんだ。いつもはベルタがくっついてるから、話もできないけど、今日なら…」
「悪いねぇ。今日は俺と一緒に帰る約束なんだよ。諦めてくれ」
言うが早いか、アーノルドはクリスの腕をつかんで、さっさと教室を出ようとする。クリスはなにがなんだか分からなくて、他の先輩たちの様子を伺った。そこには、仏頂面の部長と、眉を下げて苦笑いするエレナがいて、だれも助けてくれそうにない。
「いいから、おいで!悪いようにはしないよ」
アーノルドはそっと囁いて、そのまま学校を後にした。居たたまれなくなったロイはプイっとその場を離れ、どうしようかと振り向いたエレナは、いつの間にか部長が消えていることに驚いた。
「いったい何がどうなったの?」
エレナのつぶやきが、静かな放送室に消えた。