第2話
授業が終わって、クラブ見学の時間になった。ベルタはワクワクした気持ちを隠そうともせずに、クリスを引っ張っていく。
「ここの放送部はな。まぁ、学校行事の時なんかに先生の手伝いするぐらいやねん。せやけど…。」
顔がとろけそうににやけている。クリスはクスっと笑いながら言う。
「エレナ先輩でしょ?」
「あー!なんてええ響き!会えるっていうだけで、めちゃめちゃ嬉しいのに!あの知的なアメジスト色の瞳がええねん。」
「うふふ。楽しみね。」
「クリス、ありがとうな。付き合ってくれて。」
「ううん。ベルタの嬉しそうな顔見ているだけで、私も嬉しくなるもん。」
「きゃー!クリス、神や!大好きやでぇ!」
はしゃぐ二人は、放送室の前で立ち止まる。放送室の中には、機材の置いてある場所と、打ち合わせ用の部屋がある。さっきまで大騒ぎだったベルタも、急におとなしくなって、ドアの前で深呼吸していた。
ドアをノックすると、「どうぞ」と声がかかった。
「失礼します。新入生のベルタ・カーターとクリスティーナ・スミスです。クラブ見学に来ました。」
「いらっしゃ~い。おっ!かわいい子が二人も来た!こっちに座って。」
出迎えたのは、きれいなオレンジ色の髪のちょっと軽めな印象の男子生徒だった。背が高くて、気さくな先輩に、二人はほっと胸をなでおろす。ベルタには入部すると言ったものの、クリスは正直不安でいっぱいだったのだ。しかし、そんなことにはお構いなしのベルタは、意中の人を探している様子。
「おい、エレナ。資料を出してあげて。」
「ええ。こんにちは。3年生は部活動しないから、放送部はここにいる3人だけなの。」
つややかな黒髪に噂通りの知的なアメジストの瞳をみて、クリスも見とれてしまう。すると、その袖口をぎゅっと握りしめてキラキラした瞳で先輩を見つめるベルタがいて、気持ちが分かるなぁとその手をなでてやった。
「ローランドもこっちに来て。」
「ああ。」
機材室からのっそりと現れたのは、銀髪に水色の瞳をしたちょっと冷たい印象の男子だ。さっき迎えてくれた男子とは対照的だった。同じ水色でも、クリスの春霞のようなふんわりした色ではなく、鋭さと冷たさを感じる色で、1年生は一瞬身構える。
「では、時間だから説明を始める。僕は放送部部長をしているローランド・バートン、魔導士専科だ。あとはエレナと、アーノルド。」
ローランドが目配せすると、アーノルドがさっと手を挙げた。
「俺はアーノルド・ヒル。俺も魔導士専科だ。趣味はスポーツ全般かな。」
「私はエレナ・スチュアートよ。私も魔導士専科なの。よろしくね。」
先輩たちの自己紹介を聞いて、ベルタは目を見開いて驚き、クリスは首をかしげてベルタを見た。
「クリス!この状況、分かってないやろ!3人とも魔導士専科やで!すごいんやで!めっちゃ賢いんやで、魔導士専科ちゅーたら!」
「う~ん、それって、どんなお勉強するの?」
二人を見ていたアーノルドが噴出して笑った。
「なんだかおもしろいコンビだな。ぽやや~んのクリスとチャッキチャキのベルタか。よろしくな。」
「じゃあ、今度はあなたたち、自己紹介してくれる?」
エレナに声を掛けられて、ベルタはやや興奮気味だ。
「は、はい! ええっと。私はベルタ・カーターです。趣味は動物と意思疎通すること。ちょっと言葉遣いが違うかもしれませんけど、気にせんといてくださいね。おばあちゃんの住んでる地方の言葉遣いがおもろくて、すっかり移ってしもたんですわ。」
「おばあ様はウェスティンエリアにお住いなの?」
「エレナ先輩!ウェスティンエリアをご存知なんですか?!」
ベルタは思わず身を乗り出して叫ぶ。
「私の祖母もそちらに住んでいるのよ。その言葉を聞くと、懐かしくてうっかり移ってしまいそうになるやん。」
「きゃー!エレナ先輩!感激や!」
大はしゃぎのベルタが落ち着くと、クリスに順番が回ってきた。
「えっと、あの…。クリスティーナ・スミスです。普通科一年です。しゅ、趣味は…」
喉元まで出かかって、止まってしまった。「草花としゃべれたって、何の役にも立たないよな。」といつも弟に小ばかにされているのだ。言ってもいいのだろうか。みんなにバカにされないだろうか。背中を嫌な汗が流れる。
「クリス、心配せんでもここの先輩方はええ人やからバカにしたりせえへんよ」
「う、うん。 あの、お花とおしゃべりするのが趣味です。」
蚊の鳴くような声で告げると、下を向いてしまう。肩までのはちみつ色の巻き毛がはずかしそうに顔を隠す。
「へぇ、お花とおしゃべりとはまたメルヘンだねぇ。かっわいい。」
「アーノルド、おまえははしゃぎすぎだ。では、学校の年間行事に伴う放送部の活動について説明する。エレナ。」
「このプリントを見て。これがこの学校の行事予定よ。私たちは、このマークのついている行事の放送を担当しているの。普段は、ほとんど活動らしいことはしていないけど、各自発声練習をしているわ。主に火曜日と木曜日ね。その日はこの部屋を使って、自由に練習していいのよ。読み上げの練習なら、こっちの本棚の物語を声に出して読むのもお勧めよ。」
「緊張しなくても大丈夫だよ。機械の操作については、俺かローランドが入部してから説明するからね。入部届け、待ってるよ。」
先輩たちの説明を聞きながら、クリスはそっとローランドの様子を見る。さっき、アーノルドにからかわれそうになった時は、ローランドの一言で助けられたのだ。
『先輩には、そんな気なかったかもしれないけど、助かったなぁ。それに、なんだろう。あの声。お腹の中がキュンっとなるような。ずっと聞いていたくなるような…』
「なぁ、クリス。もう入部決定やんな!これから二人でがんばっていこな!」
「え?あ、うん。」
「やったー!後輩二人ゲットだ!」
「無理することないぞ。気が進まないなら、入部する必要はない。」
「えっ…」
喜ぶアーノルドをぶった切るようにきっぱりとローランドが言う。しかし、それはそのままクリスにも突き刺さる言葉だった。両手を握り締めて、うつむいてしまう。いつもそうだ。煮え切らない自分が本当に嫌になる。変わらなきゃ!このままじゃダメなんだ。
「あの、私。入部したいです!」
ローランドの冷たい視線を感じながら、クリスは勢いで叫んでしまった。
「やったー!一緒に頑張ろうな。」
「ローランドったら、そんな言い方しなくてもいいのに。気にしなくていいからね。」
エレナが二人を温かく励ます。その後ろで、そっぽを向いたローランドがため息をついていた。