第12話
部室に戻ると、部活がすでに終わっていて、ベルタが一人で待っていた。
「校長、なんやって?」
「う~ん、なんだか私の魔力が多いから鑑定させてくれって言われた。」
「へぇ、それで、どうやったん?」
「う、そ、それがね。鑑定に来たのがロイだったの。別に拒否したつもりはないんだけど、鑑定魔法を弾かれたって言われて、睨みながら帰っていったの。怖かったよ。」
「げっ!またロイ? 嫌な感じやなぁ。とりあえず、今日は帰ろ。」
翌日から、ロイはずっとクリスを睨み続けていた。クラスの他の生徒から、窘められてもやめるつもりはない。怖くなったクリスは、放課後すぐに部室に逃げ込んだ。
「どうしたんだ?そんなに慌てて。」
「クリス、顔色が悪いわ。大丈夫?」
アーノルドとエレナが倒れそうなクリスを慌てて助け上げる。後から追いかけてきたベルタが、事情を説明した。
「どうもこうもないねん。あの気色の悪いロイが、クリスの事ずーーーっと睨み続けててん。クラスの皆もめっちゃ引いてたわ。」
「鑑定魔法が弾かれたってことは、そいつよりクリスの方が、魔力が上ってことだね。」
エレナに支えてもらいながら、クリスは首を激しく横に振る。
「私、お花とおしゃべりすることしかできないのに。どうして…。」
部室の外で、バチバチっと激しい衝撃音がして、みんなは思わず身構える。すると、だっと走り去る音がして、ローランドが部屋に入ってきた。
「なんだったんだ?」
「ああ、覗き魔がいたから、懲らしめておいた。」
「ローランド、それって、前にクリスに付きまとってた子?」
「ああ、そうだ。あの時もしっかり忠告したのに、性懲りもなく!」
アーノルドとエレナが頷き合っている。
「なぁ、ローランド。放送部の中で一番魔力が強いのはお前だったよな。じゃあ、今日から、おまえがクリスの護衛をしてやれよ」
「え!…ま、まぁ。仕方ないか。」
まんざらでもない様子でローランドが答えていたが、クリスは気が付かない。俯いて申し訳なさそうに言う。
「すみません、先輩。ご迷惑かもしれないですが…」
「迷惑ちゃうって、気にせんと頼っとき!」
ベルタが言い放って、確定事項となった。
その日から、クリスとベルタと一緒にローランドも同行することになった。同じ駅で降りると、ベルタとは、道が分かれる。ベルタを見送って歩き出すと、急に緊張が高まってきた。
そうか、今日から先輩と二人でここを歩くんだ。ロイのことで怖がってばかりいたが、ちょっとだけ喜んでいる自分を自覚して、口元が綻ぶ。
「どうしたんだ? 顔が百面相になってるぞ?」
「え?あ、いろいろ考えてるとなんだか…あのライブの時みたいだなって。私、てっきり先輩はエレナ先輩の事が好きなのかと思ってて、自分だけ邪魔者みたいに思って拗ねちゃって。ホントはもっと、ライブが楽しかったこと、おしゃべりしながら帰りたかったのに。」
「そうか、そんなこと考えてたのか。じゃあ、またライブに行こう。」
「はい!」
気が付くと家の前に到着していた。クリスは笑顔で手を振って家の中に入っていった。
それからしばらくは、何事も起こらずに過ぎていった。二人でいることにも随分慣れて、時には雑貨屋などに寄り道するぐらいには、打ち解けられた。
「先輩、ソフトクリーム食べませんか? 駅の反対側に新しいお店が出来てて、ベルタがすごいおいしいって教えてくれたんです。」
「ああ。じゃあ、行ってみるか。」
店先でソフトクリームを買うと、傍にあった大きな木の下のベンチに腰かけてソフトクリームを堪能する。涼しい風が吹き抜けて、はちみつ色の巻き毛がふわふわと揺れた。時折、前日の雨のしずくが足元に落ちて、それをうまく避けながら、ゲームみたいだと笑いあった。
「あれー、あれがほしいのぉー!」
「あんな高い枝のは届かないでしょ?」
「あのお花、ほしいよぉ。」
小さい子のぐずった声が聞こえてきて、思わず目を向けると、大きな木の高い枝に季節外れの白い花が一輪だけ咲いていた。母親に抱かれながら、つぶらな瞳でじっとその花を見つめる少女は、まだ3歳にも満たないようだ。
いつまでも駄々をこねる子供に、母親は疲れた様子で、諦めるように諭していた。クリスはふいに立ち上がってその木の傍まで行くと、そっと呟く。
「お願い、一輪だけ、お花を分けてもらえないかしら。」
すると、手元の枝からすうっと新しい枝が伸びて、白いつぼみを膨らませ、ふわっと開いて見せた。
「ありがとう。あの子もきっと喜ぶわ。」
クリスはそっと枝を折って、少女に手渡した。
「あ、お花、お花!きれいねぇ。」
「まぁ、ありがとうございます。 ほら、お姉さんにありがとうを言いましょうね」
「ありがとー」
「いいえ。喜んでもらえて嬉しいです。たった一輪、しかもあんな高いところに咲いたのに見つけてもらって、この木も喜んでいるみたいですよ」
「まぁ、そうなのね。」
少女は嬉しそうにお花を見つめては、クリスに手を振って母に抱かれてどこかに行ってしまった。クリスはローランドの待つベンチに戻ろうとして、驚いた。
「冷て!」
前日に降った雨のしずくが、ローランドの頭に直撃したのだ。 その様子をクスクスと笑いながら見ていたクリスは、友達に話しかけるようにつぶやく。
「ソフトクリーム食べてる間だけ、しずくを落とさないでほしいの。お願い。」
「え?」
次の瞬間、ローランドは目を見開いた。さわさわと気持ちのいい風が吹いて、パラパラと雨のしずくが二人を避けて落ちていく。そっと隣を見ると、何でもないように嬉しそうにソフトクリームを食べているクリスがいる。
『そうか、これがこの子の魔力の一端なんだ。そして、植物に愛されている存在ということか。』
そっと見上げると、大きな木が微笑んでいるように感じるローランドだった。




