第10話
「送ってくださって、ありがとうございます。さようなら」
そういうと、クリスは自宅に向かって駆け出して行った。それを何もできずに見送ったローランドは、盛大なため息をついた。傷つけてしまった。ライブに誘ってくれたのは、クリスなのに、照れ臭くてつい、余計なことを…。
「はぁ、何をやっているんだ、僕は!」
物心ついたころから、ローランドは自分の魔力の多さに気が付いていた。魔法も遊びの延長のように使っていたので、魔導士専科に入学するのは、極当たり前のように思っていた。だいたいのことは、卒なくこなせると思っていたし、実際にそうだった。それなのに、クリスの目の前に立つと、急に心と体の自由が利かなくなる。
ローランドは、自分の手のひらを見つめて思い出していた。ライブでハイタッチしたとき、小さな手を精一杯伸ばしてはじけるような笑顔だった。最後のハグでは、思わずそのまま抱きしめて誰にも奪われないように閉じ込めてしまいたい欲に駆られた。
「はぁ~」
再び大きなため息をついて、ローランドは自宅に帰っていくのだった。
ライブの当日、ベルタはカフェ・ブランカにて何やら思案顔だ。
「どうしたの?なんだか眉間にすごいしわが入ってるよ」
「店長、聞いてよ。クリスがなぁ。好きな人が出来たのに、なかなか気持ちが通じ合わへんのや」
「へぇ、クリスに好きな人ねぇ。あ、もしかして、部長さん?」
「ええ!なんで知ってるのん?」
ベルカは驚いて立ち上がって聞き返した。それをまあまあと宥めると、先日ローランドが店にやってきたときの事を話して聞かせた。
「やっぱりそうか。どうみても、先輩の挙動不審は何かあると思っててん。な~んや。それやったら、さっさとくっついたらええのに。せやけど、あの部長のことや、誰かに取り持ってもろたやなんて、屈辱やろうなぁ。ちょっと外堀から埋めていくか。店長、ありがとう。明日は作戦会議や」
ベルタは元気よく席を立ち、さっさと帰っていった。
「あれ?ベルカは?何も注文しなかったの?」
「そ、そうだな。まあ、明日もきっと来るだろう」
おどろくマリオに、店長はふっと笑みをこぼしてそう話した。
そして翌日、店長の予言通り、ベルカがやってきた。今度はアーノルドを引き連れている。
「何の相談?ベルタが俺を誘ってくれるなんて、珍しいね。」
「まあ、大事な親友の事やから、ほっとかれへんのよ。」
そういうと、昨日店長から聞いた話をアーノルドにも伝えて見た。すると意外な答えが返ってきたのだ。
「そうなんだよ。この前のライブでも、あいつはクリスと一緒に行くって言ってたのに、エレナにばかり話しかけるんだ。もう見てられなかったよ。ライブ前にカフェに寄っても、そんな調子だったから、クリスが居心地悪そうにベランダに出たりしてさ。俺、思わずアイツに説教したよ。お前がエレナにばっかりしゃべりかけてたら、あの子はどんな気持ちになると思うんだってね。」
「そしたら先輩、どうしてたん?」
「慌ててベランダに迎えに行ってたけど、どうかなぁ。アイツって、案外、恋愛に疎いんだよなぁ」
窓際の席で、二人並んでうーんと唸っていると、目の前をエレナが通りかかったのが目に入った。すかさずベルカが声を掛ける。
「エレナ先輩!ここやここ!お茶しましょう」
「エレナ、来いよ!」
エレナは店内に入ると、ベルカの隣に落ち着いた。ベルカがクリスたちの事を話すと、相槌を打ってはいるが、なんとなく元気がない。なんとなく疑問に思っていると、マリオがやってきてベルカに耳打ちする。
「今日、ちょっと相談があるんだけど、時間ある?」
「あの、先輩。ちょっとだけ席外してもいいですか?」
「ああ、いいよ。お、彼氏か?」
アーノルドの一言で、一瞬耳を赤くするベルタだった。そんなベルタを見送って、アーノルドはエレナに向き合う。
「前から聞いてみたかったんだけどさ。単刀直入に聞くけど、エレナって、ローランドが好きなのか?」
「え?そんなことないわよ。まぁ、部活仲間としては、信頼しているけど。」
「え?ホントに?」
そう聞き返した時、アーノルドには恋愛慣れしたいつもの雰囲気はなく、素のままの姿が露わになった。そして、ほんの一瞬、想いを巡らせたかと思うと、エレナに視線を戻して告げた。
「俺、エレナの彼氏に立候補してもいいかな。」
「ど、どうしたの?急に。」
オロオロするエレナの手にそっと自分の手を重ねて、アーノルドは再びエレナを見つめた。
「急なんかじゃない。もう1年も見てきたんだ。だけど、エレナはもしかしたらあいつのことが好きなのかと思って、躊躇っていた。無理やりこっちを向かせるなんて、俺の趣味じゃないしな。」
エレナは掴まれていない方の手で口元を抑えているが、驚きを隠せないでいた。
「あ、あの。からかっているの?」
「冗談でこんなこと言えないだろ!これでも、本気なんだ。俺じゃあ、イヤか?」
エレナは静かに首を横に振って、泣き笑いしていた。
ベルタはその日、そのまま席に戻ることはなかった。ただ、厨房の陰から、二人のやりとりを見守っていたのだ。
「わぁ。わぁ。エレナ先輩、ついに恋が成就や!はぁ。めっちゃ感動や。嬉しい!」
そういうと、エレナたちから視線を外さないまま、隣にいたマリオに抱きついて喜んでいる。
「あ、あのさぁ。そんなことされると、俺も嬉しすぎるんだけど。」
「え?」
さっきまで、控室で探偵ポイポイのグッズ交換で盛り上がっていた二人だったが、マリオは複雑な表情で、天井を見上げている。
「え?あ、ごめん。じゃあ、またポイポイ談義で盛り上がろうな。マリオ、ありがとう!うちは、二人の邪魔にならないように先に帰らしてもらうわ。」
そういうと、ベルタはさっさと店を後にした。
「ふう。分かってないなぁ。」
後には、マリオのつぶやきがこぼれた。




