第二十二話 姉の喝
「俊祐君!!」
「はいぃっ!!」
琶月が気合のこもった声で呼ぶと、俊祐の背筋がぴんと伸びて頼りない返事をする。
そして琶月は、高らかに喝をいれる。
「なに弱気になってんですか!?もっと自信をもちなさい!!?」
「はいっ!!」
「恋の悩み、打ち明けてくれたのはとても良い判断でしょう!でも、いつまでもうじうじするのではなく、あなたの剣で斬りなさい!!」
「はいっ!!」
「離れていくのが不安なら、あなたからその人が離れていかないように!意地を張ってねばりづよく!!その人と一緒にいられるように努力なさい!!」
「・・・はい!!!」
そして琶月は、木刀を俊祐に差し出すように構え、静かに一言。
「それでその人が離れていってしまったのなら、それはその人のせいではなく、あなたのせい。あなたの器・魅力・その人の傍にいる資格がなかった、と解釈しなさい。終わり!」
「ありがとうございましたっ!!」
いつのまにか、俊祐は正座。瞳がキラキラ輝いている。
その瞳で、自分が伝えたいことがしっかり伝わったとわかり、木刀をささっとしまう。
そして、いつもの調子で微笑みかけた。
「どうですか?すっきりしましたか?」
「はい!!」
「私があれだけしたんです。がんばってくださいね?」
「はい!!」
「その恋、全力で応援しますよ!!」
「はい!!って・・・え?お、うわぁ・・・!!それは、おお??」
「ごちゃごちゃ言わないんですよ?」
「は、はい!!すんません!!」
「よろしい」
そして満足した琶月は、自室に向かう。
ドアノブに手をかけたところで、俊祐に振り返った。
「俊祐君の『好きな人』が誰なのか。気になりますが、あえて聞きません。人の恋路はあまり深入りしないほうがいいですよね」
俊祐の表情にはもう陰がなく、ふっきれた表情をしていた。
思い残すことはない。
琶月は静かにその場を去った。
・・・一人、俊祐は呟く。
「姉さんの喝、めっちゃ久しぶりっつーか・・・。すっげぇ気合入る」
『姉さんの喝』は、俊祐の剣道の試合や悩み事があるときなど、まれにうける。
――あなたの剣で斬りなさい!!
この言葉はいつも喝の中に入る。
俊祐はその言葉がとても好きだった。
「俺が剣道やってんの、姉さんに憧れてるからなんだよなぁ・・・」
琶月は中学時代、剣道部に入っていた。
成績優秀、運動神経抜群、天真爛漫絶景美女ということでとても噂になり、自慢の姉で大好きな人だった。
琶月は中学1年にして、高校生専用の剣道の大会に特別参加。全道4位はとても誇らしいことである。
でも、父母の死をきっかけに剣道部をやめてしまったけれど。
そんな姉に憧れて、俊祐も剣道部に入ったのだが・・・。
「全っ然追いつかねぇ・・・!」
筋が悪いわけではない。むしろいいほうだと自分でも思っている。
でも・・・。
「・・・・・」
考えると、憂鬱になってしまう。
そんなときは、姉の言葉を頭にめぐらせて不安を消し去るようにする。
琶月の言葉は胸に染み渡る。
でも、それ以前に。
愛しい人の言葉は、いつも俊祐に勇気をくれた。
そして、恋の応援をされたことを思い出し、軽くふきだしてしまう。
「ホンット姉さんってば鈍感。俺の好きな人は・・・」
無意識に発していた言葉は、無意識にそこで切られる。
俊祐は、まだ弟という位置から離れられなかったのだ。
それがどういう意味なのか。どういうことを表しているのか。
それにはまだ、気付かない。
パチン
俊祐は、部屋の電気を消して自室に向かう。