第十六話 記憶
泣いている。
『どうして私は生まれたのでしょう』
泣いている。
『私には誰かを愛するということも赦されないのに』
泣いている。
『あのとき私を・・・殺して欲しかった』
泣いている。
『貴方様がこの罪に、気付いてくださいますように』
「――はっ!?」
琶月は、深い眠りについたような感覚から目を覚ました。
そして琶月は・・・・何かを握っていることに気付く。
「いきなり手を握られるとは思ってなかったけど・・・。お前のこの行動、僕は間違っていないと思うよ」
状況が読めない状態で、男の人の声が聞こえてきた。
「えっ!?あ、あの!?」
そして、やっと気付いた。
琶月は、見知らぬ男の人の手を握っていた。
両手で強く。ぎゅっと。
というか、なぜ私はこの男の人の手を握っているのだろうか。
さっきは桃真の隣に立っていたはずなのに・・・。
琶月は桃真を探す。
「・・・桃真君!?」
桃真は見つけた。
でも・・・。
廊下に倒れていた。
「桃真君!?どうしたんですか!?」
琶月はすぐさま桃真のもとに走ろうとしたが。
「ちょっと待ってよ」
その男に、逆に手をつかまれた。
「は、離して下さい!!友達が倒れているんです!!」
琶月は少し力を込めて言う。
すると男は、本当にわずかに口を動かした。
「いずれまた会うことは決まってることだし・・・今引き止めることはないか」
そして手を離す。
「でもさ、お前だけでその“桃真君”をどうすることができるの?」
少しいじわるっぽく言われたが、そんなことよりも優先すべきは桃真。
琶月はとにかく桃真に声をかける。
「桃真君!?大丈夫ですか!?」
でも、いっこうに目覚める気配がしない。
一体どうしたというのか。
何が起こったのか。
琶月は混乱してきた。
そのとき、男は言った。
「なんだか混乱しているようだから教えてあげるけど。お前が僕の手を握りに走って、その子が倒れたのはほぼ同時。それで、僕の手をとったかと思うと、正気に戻った・・・みたいな感じ。やっぱ、説明は苦手だ」
でも、琶月の耳には入らない。
琶月は必死に桃真の名を呼んだ。
「桃真君!!桃真君!!」
それでも桃真は気絶したまま。
そんな様子を見て、男は溜め息まじりに言う。
「あのね、そんなことしても無駄だと思う。今頃彼は、記憶の中だ」
琶月は、無意識にその言葉に反応してしまった。
そして男を見る。
「記憶の、中・・・?」
そう問いかけると、男は「やっと聞いてくれた」と言って話し始めた。
「彼も契約者なんだろ?僕を見てその記憶が蘇っているんだと思う。お前の場合、ほんの少ししか見えなかったみたいだけど。たぶん、僕とかほかの契約者に関わっていったら全部見れるよ。お前の記憶にかけられた鍵は結構硬いみたいだから」
「!!??」
この男は、何を言っている?
なぜそんなことを知っている?
琶月は言葉もでなかった。
「今彼が見ているものが、お前にとっていいものだったらいいだろうけど。もし、彼が見たものが悪いものだったら・・・。いや、彼の気持ちしだいか」
「・・・・・」
そして、男は寂しそうに言った。
「僕はきっと、悪者だ。お前の幸せを奪わなきゃならない定めにある」
「私の・・・幸せ?」
そして、男は琶月の傍にしゃがみ、人差し指を琶月の口に当てた。
「お前は・・・まだ僕の名前を呼んではいけない」
そして、琶月の意識は途切れた。