第十話 もう、戻れない
「あの・・・あれってなんですか?」
浮いている紙は人の形をしていて、顔らしきところの真ん中には何か字が書いてある。
真っ白なところにぽつりとあったので、琶月は自然とそこに注目してしまった。
すると、泰人先輩が声を荒げた。
「ばかっ!あれを見るな!俺の後ろでじっとしてろ!」
「え?・・・っ!!」
次の瞬間、また耳鳴りに襲われた。
最初と比べると小さいが、結構痛い。
思わず泰人先輩の背中によりかかってしまった。
「そのままでいいから、あれを見るなよ?」
泰人先輩は困ったように言った。
だんだん車に酔ったような感覚になり、少しうなずいて返事をする。
「・・・さて、そこの式神」
そして泰人先輩が、射抜くような声で言った。
式神?
式神って、よく陰陽術がどうのこうのででてくる・・・?
そして、なぜ泰人先輩はそんなものを知っているのだろう。
琶月が疑問を浮かべていると、泰人先輩はまた疑問の種をまくのだった。
「目的はやっぱ琶月かな?・・・いや、琶月の命ってとこか」
「!!??」
狙いは・・・私の命!?
信じられない。
なぜ命を狙われているのか。
「泰人、先輩?」
聞こえるかどうかもわからないような声で問う。
だが、泰人先輩は答えずに、その式神とやらに話しかけた。
「でも、こんなので殺せるなんて思ってないよな?ただの力試しってとこだろ」
でも、誰もそれには答えず、風だけが音を立てている。
「おい!誰だかわかんねぇけど、そこの式神出したやつ!その紙っぺらからここの様子を見て、聞いてるってのはわかってる!だから言うぞ!」
そして泰人先輩は、息をたくさん吸うと、式神に向かって言った。
「そんなもん俺にとっちゃいつでも倒せる!!殺す気でいるんなら本体見せやがれ!!!」
そして式神は・・・初めて音を発した。
“くけけけけけけけけけけけけけけけけけ”
鳥肌が立つほどに不気味で。
琶月は思わず泣きそうになってしまった。
だが泰人先輩は、その不気味な音を鼻で笑い、言った。
「うるせぇんだよ、消えろ」
そして、風が式神を切った。
それは、ひらひらと床に落ちずに、蒼い炎で燃えて消えた。
「・・・・・」
「・・・・・・」
しだいに風は無くなっていき、見慣れた生徒会室には、二人だけが残された。
時計を見ると、まだ30分も経っていなかった。
とても長い時間の中にいたような感覚なのに・・・。
泰人先輩は、式神が消えたところを睨み続けている。
直感。
――私はもう、戻れない。
時計の針だけが、生徒会室に木霊していた・・・。