ゼロ・シュタイン
目が覚めた。
いつの間にか寝ていたみたいだ。
昨日より幾分調子が良い気がする。何より今日は初めから音が聞こえている。
昨日、彼女が座っていた場所に目をやる。誰もいない。出かけているのか。
薄暗いテントの中を改めて見回す。ほとんど何もない。あるのは机と椅子、それに大きな木箱と、今僕がもたれかかっている小さな袋があるだけだ。
足に力を入れてみる。途端左右の足に鈍痛が走る。
それでも無理に力を入れ、何とかバランスを取りながら立ち上がった。
二、三歩よろけて、後ずさりする。おぼつかない足で何とかこらえた。
僕はどうしてしまったのだろう。立つことさえままならないとは。
ふと、彼女の声が聞こえた。
「……じゃあね、クリス。私はゼロの様子を見てくるわ」
テントの幕が開いて光が入ってくる。彼女だった。
「ゼロ!まだ無理しちゃ駄目」
彼女は僕を見るなり血相を変えて走り寄って来た。僕の肩を担ぐとゆっくり元の場所に座らせる。
僕は再び荷物にもたれかかり、ため息をつく。
彼女は僕の溜息など気にしない様子で、昨日手にしていた銀色に輝く器具を手に、モニターを抱えてやって来る。再び銀色の器具を僕に向けると、何やらチェックし始めた。
「良かった、数値正常。ゼロ、まだ無理しちゃ駄目よ」
そう言えば僕の名前は、なんて言うんだっけ。彼女はゼロと言っているが……
「おかしいわね…計測数値は正常なのに。記憶機能の一時的な障害かしら……」
彼女は、またもや、銀色の器具を使って僕の数値を計測した様子であったが、モニターをみて首を傾げていた。
「僕の名前は…… 」
彼女は僕の突然の問いかけにビックリしている様子だった。そして、少し思案していたが、何やら閃いたようで大きく頷く。
「あなたの名前は、ゼロ・シュタイン」
「ゼ……ゼロ・シュタイン? 」
「そう。みんなは、ゼロと呼んでいるわ」
「ゼロ……僕の名前はゼロと言うのか」
僕は心の中で自分の名前を繰り返した。駄目だ…何も覚えていない。
「私は、アーチャ・ドルチェ。よろしくね。アーチャと呼んでくれれば良いわ」
アーチャは銀色の器具を、手の中で器用にくるくる回しながら言った。
「アーチャ、教えて欲しい。ここは何処? 」
「ここはビルスクル王国とライマン王国の国境よ。私達はライマン側。つまり、劣勢側よ」
「劣勢側? 負けているのか? 」
僕の問いかけに、アーチャは少し悲しそうな顔をする。
「二年前まではライマン側が優勢だったのよ。でも、ビルスクル側は新兵器を開発成功したの」
「新兵器って、何? 」
アーチャは昨日座ってた机まで行くと、手のひらサイズの四角い容器を二つ取ってきた。
「話が長くなりそうだからさ。何か飲みながらゆっくり話そうか」
そう言って、手に持っている四角い容器を僕に向かって放り投げた。
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