プロローグ
手が見える。
右手、そして、こちらは左手か。
オイルの汚れだろうか、両手が酷くそして黒く薄汚れていた。
両手を返して、手のひらを見る。
オイルの黒い汚れと、土の茶色い汚れが混じって斑状の模様になっていた。
視点を変える。脇にそらす。これは……銃なのか?
銃らしきものが、灰色に鈍く輝いて手元に転がっていた。
だいぶ意識が戻ってきた。僕は周りを見回した。
とても薄暗いが、これはテントの中だな。天井がやけに低い上に勾配している。
奥に人がいるのが見えた。
少し斜めに背を向け、簡易机でキーボードを叩いている。小柄な女性だ。ここからでは横顔しか見えない。
首を回して周りを見回す。テントの中に他に人はいない様だった。
女性は迷彩服の上下にバンダナ、そして黒い靴。赤い縁の眼鏡が妙にアンバランスに見える。
女性の服装を確認したからか、自分の格好が気になった。僕はどんな格好をしているのだろう。
まだ、朦朧とする意識の中で僕は視点を自分に移す。
女性と同じ迷彩服を着ている。なぜか少し安心した。何故だろう。
まあ、いいか。
女性が何やらこちらを見ている。
僕が気がついたのが分かったのだろうか。
小走りで銀色に光る器具を手に、こちらにやってくる。
しきりに、何やら喋っているが聞こえない。
そう言えばさっきから何も聞こえていない。
僕は意識を耳に集中した。
「……なようね。よかった、もう駄目かと思ったわ」
聞こえた。……もう駄目? なんのことだろう。
「あなたは、私たちの希望なんだから無茶しないでよ。って言うか、あなたが戦う必要はないのよ」
女性は手に持っている銀色の器具を僕に向ける。
何やら小さなモニタを見ている。
「特に異常な所は無いようね。オッケー大丈夫だわ」
僕は何か言おうとして、戸惑った。あれ?こう言う場合なんと言えば良いのだろうか。
「どうしたの?どこかまだ痛むかしら? 」
女性は僕がじっと顔を見ているのが気になったのだろうか。僕の顔を覗き込む様にした。
「あ……ありがとうございます」
やっと出てきた感謝の言葉を聞いて、女性は一瞬固まってしまった様子であったが、直後にクスクス笑い始める。
何が面白いんだろう?
不思議そうに首をかしげる僕を見て女性は言った。
「あなたって本当に変わってるのね。お礼なんていいのよ。これは私の義務であり使命だから。まあ、あなたのそういう所嫌いでは無いのだけど」
笑顔で言うと、その女性は元いた机でインプットを再開した。
僕はまだ朦朧とする意識の中で、背中の荷物にもたれかかり目を閉じる。
遠くで爆発音が聞こえる。
そうか、ここは戦場なんだな。