第七話 クロネ───今世の妹の仮の名前らしい……
「レイ……それがおにいの名前なんだね」
そう言って、俯いて何度も「レイ……レイ……」と繰り返している彼女は、俺の今世の妹───名前は分からない。と言っても、彼女が教えてくれなかったという訳でもなく、彼女は、どうやら記憶喪失らしい。
なぜ記憶喪失の彼女が俺を兄だと認識できたのかは分からないが、彼女以外に俺の家族らしき人はいなかったし……何より顔が面影もないほどに焼けた母親の遺体を見た後のこの子を一人にするのは忍びなかった。
で、今一緒に行動しているわけだが……
「レイ……」
「───そろそろ進もう」
俺の本名は怜士なんだが、まぁいいか。……俺以外の魔法少女もこの世界に来ているかもしれない。なら、魔法少女としての名前を名乗っていたほうが、見つけてもらいやすくなるだろう。
───ナギのその後も気になるしな。
俺に止めを刺したであろう幼馴染のことを頭に浮かべながら、今世の妹の手を引き先に進む。
と言っても行先は不明なんだが。
「レイ……おにい」
「おにいだけでいいよ」
「ならおにい」
『レイおにい』だと、『レイにぃ』と似ていて、つい小夜のことを思い出してしまう。いや、思い出したくないわけじゃないが……あいつを守り切れなかったことを、まだ後悔しているから。
「んで、何だった?」
少し前世の妹の最期を思い出し感傷に浸ってしまったが、今は昔のことより今のことだ。
俺は、歩きながら今世の妹の妹のほうを見る。
「おにいは私の名前覚えてる?」
「───いや、覚えてない」
もしかしたら覚えているかもしれないと、少しだけ思い出そうとしてみたが思い出せなかった。
この子に似た雰囲気の魔法少女なら思い出せるんだけど……
っていうか、最初は俺が質問するってことで始めた会話だったのに、いつの間にか立場が逆転してないか? いや、まあいいんだけどさ。
当初の目的だったこの世界のことをこの子に聞くという目的は、この子が記憶喪失だということで、事実上頓挫してしまっていた。
「そう……おにいも記憶喪失?」
俺の前に一歩出て、俺の顔を覗き込みながら聞いてくる今世の妹は相変わらず無表情に近い。なんとなく心配してくれてるであろうことはなんとなくわかるんだけどさ。
「そんなようなもんだと思う」
はは、と乾いた笑いを浮かべながら返答する。
記憶喪失ってことにしておけば楽かなと考えていたから、この子からそういう認識に変えてくれたのはラッキーだ。
「じゃあ私の名前はわからずじまいだね」
小学校低学年っぽいのに、意外と難しい言葉を知っている彼女は、やはりどこか悲しそうに見えた。
そしてその姿が、前世の妹───小夜の最期に、やはり重なって見えてしまった。
「───妹よ」
「ん……?」
『あんまり辛気臭い表情するなよ……君はちょっとクサぐらいのを演じたほうがちょうどいいよ』───セイ、忘れてないさ。いつも茶化してばかりのお前が最期に残してくれた言葉だ。忘れるわけもない。
「おにいが、忘れてしまった名前の代わりの仮の名前を考えてやろう」
俺を絶望の中から救おうとした恩人の言葉を思い出しながら、少し演技っぽく言う。
「仮の?」
「あぁ、仮の。元の名前を思い出したらそっちの名前を使えばいい、思い出すまでの仮の名前だ。名前ないと呼ぶ時に困るだろ?」
そう、名前がないと呼ぶ時に困るのだ。
それに、ここらへんは大規模な戦闘があったと思われる場所。いつまた戦闘が開始してもおかしくないのだ。その時に呼び名がないと困る。
そう言えば、セイの相棒だったな、この子に似ている魔法少女は……
「畔蒜……」
セイの相棒だった、自称深淵魔法少女アビの本名『畔蒜』の読み替えなんだが、まあいいだろう。
「クロネ……」
ちょうど、俺と彼女の髪色にぴったりの名前になったな。偶々なんだが。
「気に入ったか?」
「───気に入った」
表情が変わっているのかいないのか分からない程微妙に含羞みながらそう言うクロネに、やはり俺はどこか小夜とアビに似ている雰囲気を感じてしまうのだった。
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22/05/09 01:04サブタイトルを変更しました。