第六話 暴走の抑制と変身解除───魔法の行使は魔法少女にしかできない。
「ナギ、落ち着け」
「そ、そうだよ渚ちゃん!」
俺の後ろにいる小夜を庇いながら、目の前にいる暗い青を基調としたドレスを纏った魔法少女で幼馴染の渚を宥める。───まさか、全く話を聞かずに変身するとは……甘く見ていた。
「レイ……どうしてソイツを庇う? ソイツは守護者だろう?」
「『渚』、話を聞け」
「ッ……」
わざと渚に向かって指向性を持たせた魔力を放ちながら、諭すような口調で、いつもの名前を呼ぶ。
───魔法少女に変身した後は、基本皆それぞれに魔法少女としての名前が与えられる。魔法少女が他の魔法少女を呼ぶ時には、その与えられた名前が勝手に口に出るようになっているため、意識して本名で呼ばなければ、基本魔法少女の正体が見破られることはない。小夜のような例外はあるが。───そう言えば、小夜は普通に小夜と呼べるし、小夜自身も俺や渚のことをいつも通りに呼んでいるな……何か特別な条件があったのだろうか。
「なんで……その名前で呼んだ……?」
渚は俺に向かって疑いの目を向けながら、頭を抑え片膝をついた。
「落ち着けといった」
魔法少女の力で凍った思考力で、目の前の爆弾の対処を考えながら、冷えた声でそう言い放つ。
俺が渚を本名で呼んだのには意味がある。
渚が魔法少女に変身している間は、常に渚の脳に俺の魔法が待機状態になっている。渚の破壊衝動を一時的に凍らせる魔法だ。その魔法の発動条件が、『渚の本名を呼ぶこと』と、『俺が渚に向けて魔力を放つこと』の二つなのだ。
「ソイツを私に殺させろ、レイ! 守護者は皆殺すと言っていたお前が、何故守護者であるソイツを守るッ!」
どうやら、渚は俺が裏切ったと思っているらしい。せめて説明を聞いてから判断してほしかったんだが……こいつは俺や小夜とか、渚が親しくしているやつのことになると、どうも早とちりしやすいんだよな、昔から。
「な、渚ちゃん……?」
叫ぶように俺に文句を言う渚の顔色の悪さを心配してか、それとも変身し、元の知的な雰囲気から想像出来ないような、豹変した渚の姿に驚いてか、小夜が戸惑ったような声で渚に話しかける。───無理もない。俺も魔法少女として最初に会った時は、こいつが渚だとは微塵も思わなかった。
豹変したと言っても、これが本当の渚の姿かと聞かれるとそういうわけではない。
魔法少女には、稀に、変身者の内なる欲求が抑えきれず暴走してしまう者がいる。渚はその典型的なタイプで、日頃はまだ彼女の意志である程度抑えているが、今は俺の『氷魔法』が無ければ、目の前にあるもの全てを壊すまで、己の事すら顧みず暴れ尽くすバーサーカーになっていたことだろう。
───彼女のこの破壊衝動にも理由があるらしい。まぁ、主な原因は、生まれの特殊さ故の周囲からのプレッシャーだと変身前の渚から聞いているが、詳しい話は俺も聞いていない。
また、その原因は彼女が【星の守護者】から、【星の破壊者】に鞍替えした理由でもあるそうだ。
「───ナギ、こいつは小夜だ。お前が力を振るってはいけない相手だ」
「な……」
難儀だな、と一人小さくため息をついてから、後ろの魔法少女の正体をバラす。
「あ、あはは……ヤッホー……な、渚ちゃん」
渚は、自身が大切にしたい相手にしたいと思う相手に、自らの破壊欲求をぶつけることを望まなかった。なら、変身しなければ暴走することはないのだが、「戦わなければいけない時もあるだろう?」と言いながら、俺の魔法を『万が一のための保険』として受け入れた。……そのせいで、渚が変身した時は、俺も強制的に変身してしまうとかいう大きな代償が俺について回るようになったのだが。
「さ、小夜ちゃん……その魔法少女が?」
「そういうことだ。変身を解け、二人共」
今の言葉で納得したのか、それとも俺の魔法の苦痛に耐えられなくなったのか、渚は片膝をついたまま変身を解除した。渚の体が光に包まれた後、いつもの見慣れたポニーテールの少女が現れる。
「れ、レイにぃ……変身ってどうやって解くの……?」
「こう、解けろって念じながら、そのブレスレットに触れれば解けるはずだが……」
唸りながら右手に嵌ったブレスレットに触れる小夜だが、一向に変身解除が始まる気配がない。
「───え、無理なんだけど……」
「よほど適性が高すぎるのかもしれない。自力で変身解除できないなら、自然に解除されるのを待つしかないだろう」
少し頭を押さえながら立ち上がった渚が、気になることを口に出した。
「適性? 守護者にはそんなのがあるのか」
【星の破壊者】に、適正なんてものはない。単に強い魔法が使えるか───どれだけ想像力が豊かかだけだ。
「あぁ。破壊者にはないのか? ───そういえば、魔法は自分で考えたものだと言っていたな」
「そうだ。てっきり魔法は全部、自分で考えるものだと……」
魔法の強さは、魔法少女の想像力の豊かさに起因すると、星の破壊者になった時に先輩の魔法少女に言われたんだが……
「私たちは違う。魔法少女になった瞬間に、使える魔法が頭の中に流れ込んでくるんだ。守護者側のコミュニティでは、いくつの魔法が使えるかだったり、使える魔法の質によってその魔法少女の適性が測られていた」
なるほど、守護者と破壊者の違いはそんなところにもあったのか。単に変身の時の祝詞が違うだけではなかったらしい。
「───早めに教えてほしかったな。出来れば、俺が使っている魔法について聞いたときに」
そう言えば、前に一度、渚に俺の魔法について聞かれたことがあった。「その魔法はオリジナルか?」と。渚の「そういえば、魔法は自分で考えたものだと言っていたな」とはこの時の俺の返答で、暴走していた渚を、俺が初めて凍らせた時のことだった。
「そのあとすぐに私は気を失っただろう? 忘れたのか?」
「───冗談だ」
さすがにその時、渚の破壊衝動のみを凍らせることはできず、結果として意識を刈り取ることになってしまったのだが……忘れるわけもない。渚が意識を失って、変身解除されたときに初めて、ナギが渚だと知ったのだから。
───因みに、今渚にかけている『破壊衝動を凍らせる魔法』も、完璧なものではない。一時的に、無意識下で行っている思考の一部である破壊衝動を凍らせているため、常用ができない。脳の一部を直接冷却しているようなものなので、魔法がかけられている渚にしたら、アイスクリーム現象───冷たいものを一気に食べて頭が痛くなる現象のこと───がずっと続いてるような感覚を味わっていることになるからだ。常用すれば、精神が持たないだろう。
『止める』という機能だけ付けたら痛みはなくなるのだが、俺の魔法にとっての止めるは『凍らせる』なので、副作用的にアイスクリーム現象がついてきてしまっている。
「それで? 適性が高いと変身解除できないっていうのは?」
「───伝え聞いた話だ。適性が高すぎる魔法少女は、変身解除ができなくなると」
少し悲しそうな顔をしながらそう言う渚───心当たりがあるのだろうか。聞いておきたいが、聞くに聞ける雰囲気じゃないな。
「なるほど。だが、変身解除までは待っていられないな。小夜。右手を」
変身解除できない可能性があるなら、早めに対処しておいたほうがいいだろう。ついでに少し前から試したかったこともある。
「え……う、うん」
俺のほうに突き出してきたブレスレットの嵌った右手を掴み、ブレスレットに向かって『機能停止の魔法』をかける。
「『アイス・アンハルテン』」
そう魔法の名を呟くと、金色のブレスレットに霜がつき始める。
霜がブレスレット全体に行き渡ったタイミングで、小夜の体が光に包まれ、光りが収まると小夜は元の姿に戻っていた。
「ふう……成功だ」
「い、今のは……?」
息を吐きだしながら成功をかみしめると、それを眺めていた渚が、困惑したように聞いてくる。
「機能停止の魔法だ。お前を抑えるやつの汎用版って感じだ」
『アイス・アンハルテン』は元々、敵の武器等の機能を停止させるために俺が用意していた魔法だ。この魔法を、完全に停止してしまわないようにし、他にも細々とした調整をしたのが渚にかけている魔法だった。
まさかとは思っていたが、変身に使用するアイテムにも有効だとは……なかなか強力な魔法を開発していたようだ。
「この魔法があれば……もしかして……」
何やら考え始めた渚を一旦放置し、小夜のほうに向きなおる。
「違和感はないか?」
「んー、ないよ。大丈夫」
「そうか、ならよかった」
機能停止の効果を表すようにブレスレットに纏わりついていた霜も、今はなくなっている。どうやら変身解除と一緒に消えたらしい。
「いちいち変身解除のたびに魔法を使うのは面倒だな……早く自力で変身解除できるように練習しろよ?」
「でもレイにぃ。機能停止の魔法って言ってたけど、これ二度と動かないってことじゃないの?」
「いや、機能停止し続けるのは霜が溶けるまでだ。今霜がついていないから、機能停止の魔法は解除されてるはずだ」
「ふーん、試しに変身していい?」
「……今日はもうやめてくれ」
半目になりながらそう返し、俺も変身を解除する。
変身中とは逆の手順で変身解除が完了すると、いまだに何かに悩んでいる渚の姿が目に入った。
「渚? どうしたんだ?」
「ん? あぁ、すまない、少し考え事を───」
渚がそう言いかけた時、小夜がいた方向が再び光始めた。
「───な、なんか勝手に変身しちゃった……」
光りが収まると、また魔法少女の姿になった小夜の姿がそこにあった。
「───怜士、どうやら……」
「……常に『アイス・アンハルテン』をかけ続けなければ変身が解けないのか───」
初めて魔法少女に変身するアイテムに機能停止の魔法を使ったが、思わぬ弱点が露呈した……
「───とりあえず、変身解除の練習だ。それと、手加減も。そのまま生活すれば、物が壊れまくることになる」
魔法少女は云わば超人だ。変身すると力が常人とは比べ物にならないほど向上するので、変身前の感覚で過ごしてしまうと、とんでもない被害を生むことになる。
「───慣れるまで、練習以外の時は『機能停止の魔法』で変身解除してやる。夏休み中には両方ともできるようになってもらうぞ」
少し不安そうな顔をしている小夜にそう続けると、見る見る顔を明るくさせていき───まずいッ!
「『マグスアップ』ッ」
「レイにぃーっ!」
力加減のことなんてすっかり忘れたのか、俺に向かって全力で抱き着いてくる小夜。───変身していなかったら、全身粉砕骨折で済んだかどうか……
せめて小夜が、力加減を誤らないようになるまでは、俺───黒木 怜士は、幼女の姿で過ごさなければならないようだ……
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