第五話 『マジカアップ』───内なる力を解放させる者の為の祝詞。
「『マジカアップ』っ!」
小夜が右手に付けたブレスレットを胸の前で構えながら変身開始の合図を口にすると同時に、小夜の体が光で包まれる。───俺の変身の時は光の帯が全身を包んでいたが、小夜のは体の内側から発光しているようだ。結構眩しい。
光が少し収まってくると、構えていたブレスレットに嵌められた宝石から───俺の時とは色が違う───紫色の帯が発生し、小夜の体の上で服を形成し始める。
服を纏い、そこに佇むものを形容するならば、『夜』。
日頃のドライヤーや紫外線のせいで日焼けし色落ちしていた短く切り揃えられていた茶髪は、毛先にいくほど暗い紫になっていくグラデーションかかった黒髪になり、光の帯が形成した黒を基調とした年相応のミニドレスを身に纏っている。
そして、髪と服に鏤められた星空のようなパターンは、小夜を文字通り、『小さな夜』と形容するに相応しいものへと昇華させていた。
「えっと……どう?」
来るっと一周ターンしながらそう俺に問うてきた小夜に、
「綺麗だよ」
柄にもなく、そう答えてしまうのだった。
「そ、そう……ありがと───」
最後のほうにいくにつれて窄んでいった小夜の言葉を聞き終わる寸前に、俺は玄関のほうで音がしたのを聞き逃さなかった。
「れ、レイにぃ……今の音って……!」
小夜もどうやら聞こえていたらしい。焦った表情をしながら俺のほうに寄ってくる。
「まずいよ……!元の姿に戻らないと!」
小声で俺に向かってそう言いながら、小夜は必死にブレスレットを外そうと悪戦苦闘している。
「大丈夫だ。この時間に来るやつはあいつだけだ」
「だったら余計まずいじゃん! なんか透明になる魔法とかないの?!」
「あー……あると思うけど、俺は使えん」
「あるの?! 教えて!」
教えてと言われても俺には使えんし。
因みに、魔法少女の姿は一般人に知覚されない───なんて旨い話があるわけもない。普通に認知されてしまう。写真等にも普通に写る。だが、その姿が変身前の姿とは結び付けられることはないし、目の前で変身でもしない限り正体がバレる心配はない。
「おーい、来たよー」
階段を上る音と一緒に、俺と同年代の女の声が聞こえてくる。
「ほ、ほんとにまずいよ……! レイにぃ! 早く透明化の魔法教えて! 」
「いらないって。第一、説明してる時間がない」
「いらないってどういうこと?! あぁもう! 変身解けろ! 解けろぉぉおおお!」
必死にブレスレットを外そうとしてる小夜の、あまりに滑稽な姿に思わず吹き出してしまう。
「笑ってる場合かぁ!!」
「いや───はははっ、悪い」
ダメだ、滑稽すぎる。
「───誰かいるの? 入るよー?」
そんなことをしているうちに、あいつは二階にある俺の部屋の前まで来たらしい。
「あぁ、ふっ……入っていいぞ」
「お邪魔します───」
俺が笑いをこらえながら、扉の前の客人に入るように促すと、すぐさま小夜は俺に隠れるように、俺の背後に回った。……多分隠れ切れてないと思うぞ。身長的に。
「あわわわ……」
「誰が来てたの? セイ? それともアビ?」
俺の部屋に入りながら、俺が変身中に俺の部屋に呼びそうな候補者を列挙していく彼女は、変身前の俺と小夜のちょうど中間ぐらいの身長で俺と同い年の、後ろで一つ結びにした髪が特徴の少女。
「───その魔法少女は……?」
予想が外れてしまった彼女は、俺の後ろに隠れた魔法少女へと視線を動かした。
「な、渚ちゃん、ヤッホー……」
右手を振りながら、おずおずと俺の後ろから出てきた魔法少女の正体に、目の前の彼女は気付いていない。
「なぜ私の名前を……? それより、その腕輪の色……!」
「落ち着け、ナギ。今説明を───」
「『マジカアップ』!」
俺の制止を聞かず、彼女は守護者だった時から変わらない変身開始の合図を呟く。
すると、直ぐに、一つに纏められていた彼女の髪が解け、体が光り始める。そして、右手に付けた金色のチェーンでできたブレスレットのリンクと同じ形の一つの宝石から発生した、俺の帯より数段色の濃い紺色の帯が、彼女の体に小夜のものより大人びたロングドレスを着せてゆく。
「渚ちゃん?!」
「───お前は誰だ……守護者ッ!」
───浦上 渚。俺と小夜の幼馴染の彼女もまた、魔法少女だった。
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22/05/07 19:08 次話との整合性を持たせるため、表現の追加を行いました。追加前『「落ち着け、ナギ」』→追加後『「落ち着け、ナギ。今説明を───」』