第三話 懸念材料───始まりの予感……
「覚えて……ない?」
「ん、覚えてない」
「そ、そうか……」
名前がわからなければ、呼ぶときとかに困るからと思い、最初の質問は名前にしたんだが……まさか、記憶喪失なのか……?
「じゃあ、俺の名前は?」
俺のことを兄だと特定できたんだ、自分の名前が分からなくても、俺の名前ならわかるかもしれない───そう思ったんだが。
「───わからない」
「じゃあ、父親のは?! 母親の名前でも!」
「どっちも覚えてない」
───まじか。
行く当てもなく進めていた足を止め、その場にうずくまる。
せめて、誰か一人でも名前を覚えておいてくれれば、そこを手掛かりに避難所やら役所やらで親戚を探したりできたのだが……記憶喪失とは……
「あ、でも」
これからどうやって親族を探そうか、そもそもこの戦火の中で名前がわからない二人の面倒をみてくれる所なんてあるのか? と絶望しながら道端にうずくまっていると、何かを閃いたような仕草をしながら、妹がこちらに顔を近づけてくる。
「レイ」
「───」
その単語を聞いた瞬間、足元が揺らぐ感覚が俺を襲う。
「だれかの名前だよね?」
なぜ、前世とは無関係のはずのこの子がその名前を知っている……?
「それは……俺の名前だ」
俺の耳に残って、目の前の今世の妹の正体を疑わせるその単語は、前世の……しかも、魔法少女としての俺の名前だった。
◇
「レイにぃ」
家で、敵の魔法少女の戦闘スタイルについて研究するためにパソコンに向かっていると、急に後ろから妹───小夜に話しかけられた。
「どうした?」
俺はパソコンの画面を切り替えながら小夜のほうを振り返る。
前は「ノックしろ」だなんだと注意したもんだが、「なぁに、エロサイトでも見てるの~?」と冷やかされ、まともに取り合ってくれなかったため、いちいち注意するのも面倒くさくなり、結局こいつは何も言わずに俺の部屋に入ってくるようになった。
お陰様で、速攻でページを切り替える技術を身に着けてしまった。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「いいや? 俺には成長を促してくれる妹にありがたみを覚えていただけだ」
「そ」
やはり、長年一緒にいただけはあり察しがいい。そんなに顔に出していたつもりはないんだがな。
不服そうながらも納得したようなので、本題に入るように促す。
「んで? なんか用事があったんじゃないのか?」
「あぁ、忘れてた。これ、私の部屋に置いたのレイにぃでしょ? 返す。趣味じゃないし」
忘れてたって……
妹のおバカ具合にため息をつきながら、彼女が差し出してきた無駄にデコレーションされた封筒を手に取る。
───これはまさか……
「おい、小夜」
「なに、そんな子供っぽいの趣味じゃな───」
「これに、触ったか?」
封筒の中身を机に出しながら、そう問う。
もし触れてしまったなら、今後の方針を百八十度転換しなければならない。
「い、一回嵌めてみたけど……」
俺の尋常ではない雰囲気を察したんだろう。おずおずとそう返す小夜の手は、目に見えて震えていた。
───まさか、妹が【星の守護者】に選ばれてしまうなんて……
ちょうど小夜の手にぴったりのブレスレットに付けられた夜空のような宝石が、沈みかけの太陽に照らされて爛々と輝く。まるで、俺たち二人の関係の未来を暗示するように。
これが、俺の高校最後の年の夏であり、小夜が中学生になって初めての夏。
俺と小夜が、敵になった瞬間だった。
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22/05/03 23:15 一部加筆修正しました。