03 紅之蘭 著 ウィンター・スポーツ 『ガリア戦記 32』
【あらすじ】
共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の三属州総督カエサルは、本国で三頭政治の一席に着き、辺境ではガリア、ゲルマニア、ブリタニアに侵攻。破竹の勢いの彼だが、五年目の冬営でベルギー人の反乱が起こり大損害を被る。
挿図/Ⓒ奄美剣星「そり」
第32話 ウィンター・スポーツ
窓を開ければ銀世界、スロープになったところで、村の子供たちはスキー板やソリで遊んでいるのが見える。否、それらをやっているのは、子供ばかりではなく、多くの青年たちもまた雪上を滑っていた。というのも、近く冬競技があるからだった。
スキーやソリというのは、割と世界の豪雪地帯だとあるものだが、ローマ支配下であるのは、ガリアでもスイスくらいのものだ。
わが名はベルキ、シラクサの商人だ。カエサルがスイス人と戦争して勝利した。カエサルから毛皮の交易特権を買った。
アルプスの山々は夏でも雪を戴いている。かの山々の山裾にあるスイス人の集落で越冬在することになった。というのも、秋口に村を訪れ大病を患い、故郷に帰る機会を失ったためだ。
厄介になっている家の息子はラザロという。
よくある話しだが、ラザロには好いた娘フィオレがいた。そしてこれもまたよくある話しだが、その娘にはラザロの他にも求婚者がいた。エンゾという若者だ。
娘の父親は、村の冬競技で、勝ったほうに娘をやるということになった。
――やはり勝つのはエンゾだろう。
ラザロの恋敵エンゾは前年の冬競技の優勝者だ。村の誰もが、フィオレをものにするのは、エンゾだと考えた。
秋から療養をしていた私は、冬になってある程度の健康を回復。暇になったので、村で手に入れた毛皮の手入れをしていた。
「ベルキさん、フィオレは俺との結婚を望んでいる。このままじゃ駆け落ちするしかない」
「それでラザロ、その後はどうするのだね?」
「ベルキさん、どうか、俺をあんたの徒弟にして下さい」
「それは困る。このあたりの村々から、毛皮が調達できなくなってしまう。それにまだ試合に負けたってわけじゃないだろう」
ラザロ青年は思い詰めていた。
「ベルキさん、もし俺が勝ったら、来年は、毛皮を今年の倍とって進呈するよ」
「妙案がないでもない」
「本当ですか」ラザロが叫んだ。私は毛皮の手入れをやめて、秘策を授けてやった。
冬競技会の主催者は村の長老たちだ。試合はスキーとソリの複合競技だった。
老若男女が群れて、試合の行く末を見守った。
結果だって? 言うまでもない。ラザロの優勝だ。
春、雪が解けて、俺は故郷へ戻った。残念ながら、イタリアは夏に向かっていたので毛皮は家族に託し、秋に売って貰った。そして秋口、俺はまた村にきて、ラルザの家で厄介になっていた。
「ベルキさん、あのワックスを俺にも売ってくれないか!」
俺が毛皮の手入れに使っていたワックスをスキーやソリに塗ってやると滑りが良くなる。
若者たちが、俺のところに殺到した。ラザロは美しいフィオレと結婚。彼女はお腹に子を宿していた。それにあやかろうというのだ。
そういうわけて、ワックスはぜひベルキ商会商品を御用立て下さい。
第32話「ウィンター・スポーツ」了
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。各軍団長には、副将ラビエヌスや、ファビウスといった名将かいる。
ブルータス……カエサルの腹心
デキムス……カエサル配下の若く有能な将官。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサル麾下の有能な軍団長となる。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。長男が親元に戻ると次男がカエサル配下の将軍となる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。カエサルの娘・ユリアを後妻に迎える。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。