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自作小説倶楽部 第24冊/2022年上半期(第139-144集)  作者: 自作小説倶楽部
第140集(2022年2月)/季節もの「ウィンター・スポーツ(冬五輪・スキー)」&フリー「心(以心伝心・裏切り)」
5/25

01 奄美剣星 著  心 『ヒスカラ王国の晩鐘 23』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「兄の島」

    23 心


 初夏。

 潮風に乗ったカモメが船を追いかけて来る。

 デッキにいた私が、シャンソンの「桜ん坊が実るころ」をハミングしていると、若い貴婦人が、「素敵な曲ですね」と声をかけてきた。


 量子衝突実験失敗により神楽市は、日本国から、異世界にあるノスト大陸西端・ヒスカラ王国領内の巨大な塩水湖「蓮の内海」の畔に転移した。

 蓮の内海は、多数の島嶼が分布している。神楽市から、小型連絡船で、二時間いったところにあるプロキシマ島も、その一つだ。

 小型連絡船アルゴーは乗客定員二〇人乗りの船で、本土と島を往復、生活物資を運び、唯一の交通手段となっていた。

 私、デジタル通信社「メディア・カグラ」の記者エリコ・ダテは、社命により、プロキシマ島にある心療内科病院「王立桜桃院」を取材することになった。桜桃院は、ごく一部の者しか存在が知られていない、ヒスカラ王国・神楽市共同の研究機関だ。


 プロキシマ島を訪れる客も限られ、島民関係者と桜桃院関係者だけが小型連絡船で往来している。その日、私のほかにいる乗客は、見るからにヒスカラ人である、青髪をした若い貴婦人だけだった。

 貴婦人はオフィーリアと名乗った。

 私が、「何のために島に渡るのですか?」と訊くと、こんな答えが返ってきた。

「兄嫁が桜桃院で治療しているのです。兄は島の屋敷を買って、兄嫁と暮らしておりますので、お見舞いに行くところなのです」

 興味を持った私は、病院を取材するついでに、貴婦人の兄と兄嫁が暮すという屋敷を訪ねてみることにした。


 プロキシマ島には、入り江の港に臨んだ小さな漁師町がある。贅沢さえ言わなければ、大抵のものは手に入る。

 メインストリートには、小中学校、郵便局のほかに、雑貨屋、ミニシアターも軒が建ち並んでいる。オフィーリアの兄の夫妻が住む屋敷は、町はずれの岬にあった。

 ゆるく波打つような塀に囲まれた、屋根裏部屋・地下室付きの二階建て館。館の屋根は、青の漆喰瓦で、壁は塀と同じく、桜色に統一している。門をくぐると、夫妻が出迎えてくれた。オフィーリアの兄はクロード博士、夫人はガトルードと名乗った。

 島に唯一ある旅館に、予約をとってある。夫妻は、旅館の夕食を断って、自分たちと晩餐を共にするよう奨めてくれた。


 館には、夫人のほかに、十人の若い娘たちがいた。メイド? と私は普通に考えたのだが、大広間、御馳走を並べた、やたらと長い大机の席に、一緒に着いた。ふつう、メイドは、主人夫妻や来客者の食卓には同席しないものだが、一斉に座ってきたので驚く。

 そんな私に館の主クロード博士は、彼女たちも正妻だと紹介した。

 招待を受けた身なので、込み入った話しを訊くのは避けたい。オフィーリアは、たぶん怪訝そうな顔をしているだろう顔を覗き込み、――後でご説明いたします――と目くばせをした。

 博士の子供は三人。男の子一人と女の子が二人いる。子供たちも着席した。オフィーリアによると、この子たちは異母兄妹だという。家族が集まり、大にぎやかだ。

 クロード博士は、

「どうも、こんなに子供たちがうるさくては、いかにお上品なパパといえども、汗が流れる」

 と、ひとりぶつぶつ不平を言い出す。

 ガトルード夫人は、御主人とお子様方のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂のすさまじい働きをして、

「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるようね。いつも、せわしくお鼻を拭いていらっしゃる」

 博士はフンと、

「それじゃ、お前はどこだ。内股かね?」

「お上品なパパですこと」

「いや、何もお前、医学的な話じゃないか。上品も下品も無い」

「私はね」

 と夫人は少しまじめな顔になり、

「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」

「涙の谷か? 私は桜ん坊が実ころよりも、桜の花が咲くころのほうが好きだ。お前と出会ったのは花の季節。――お前が運命の天使『ガブリエル』と名付けた古木ですれ違い、目と目を合わせた瞬間は、呪縛そのもの。――意趣返しだ。私が死ぬときは、あの桜の太枝に首を吊って死んでやる!」

 博士が苦笑すると、デザート皿の桜ん坊をつまみ、口に放り込んだ。

 場が白けた。


 遅くにオフィーリアが、私を、予約した旅館に送ってくれた。

 私は、彼女を部屋に呼んで、事情を訊いた。


 クロード博士がガトルード夫人に出会ったのは、王立大学だった。

 博士は大学講師で、夫人は教え子だった。

 研究室である実験が行われたのだが、博士の指示が徹底せず、夫人が試薬の分量を間違えたため、実験器具が破裂爆発し、ガラス破片で頸脈を切ってしまう。結果、ガトルードは亡くなった。

「オフィーリアさん、では、ガトルードさんって?」

「故人の遺志により、彼女の臓器は、様々な理由で瀕死の重体になっていた十人の少女たちに移植され、一命をとりとめています。人間の体細胞というものは、一定周期ですべて別な細胞に入れ替わると言います。そして記憶細胞というものは、脳ばかりではなく、臓器や血液にも存在するのです。ゆえに、義姉ガトルード発の細胞が、十人の少女たちの細胞を駆逐浸食し、置き換っていった。つまり、館にいた女性十人のすべてが、ガトルード。……兄は、現れては消えるガトルードを追い、書類上の結婚と離婚を繰り返している。……つまり、兄なりの純愛なのです」

 オフィーリアが帰った後、旅館の女将に訊くと、王立大学講師をしていたクロード博士はもともと、ヒスカラ王国の王太子だったのだが、何かの理由で王位継承権を放棄して妹に譲り、プロキシマ島で隠棲している。女王に即位した妹君は、ときどき様子を見に、島にやってくるとのことだった。

 私は半信半疑だった。

 翌日、本来の取材対象である桜桃院に出向く。


 王立病院「桜桃院」は、三階建てのアールデコ風ビルだ。

 私は、応接に出た副院長に、例の話しをしたのだが、「患者さんのプライバシーですから、お話しできません」と言われた。そして、「前世でかなわぬから来世で嫁になるか」と呟き、「忘れて下さい」と続けて言ったのを記憶している。


 近・現代の西欧魔術師が著した著書の中に、「吸血鬼」についての記述がある。伝説ではなく、リアルな吸血鬼は、心霊吸血鬼、元素霊吸血鬼、不死系吸血鬼の三タイプだという。心霊吸血鬼はモラハラ・クレーマーな人間で、他人のオーラを壊して回る。壊された者は同族になる。元素霊的吸血鬼は、魔術師が作り出した使い魔が栄養補給のために人間の精気を吸収するものだ。不死系吸血鬼も人間だ。但し魔術師で、意識的に標的の人間から精気を奪うのだが、秘術であるため、具体的な方法は明らかにされていない。

 実態不明の「不死系吸血鬼」だったが、近年、医療を介した臓器・血液提供により、需要者の肉体を乗っ取り、生きながらえるタイプの存在が確認されている。

 ――ここって「吸血鬼」たちを隔離している島なんだ!――

 パニックを起こした私は、宿を引き払って船着き場へ向かい、小型連絡船に乗り込んだ。だが船長は、「時化で船が出せない」と言った。デッキにいた私の視線は、同じ船着き場に係留されていた手漕ぎボートに動いた。私はボートに飛び移り、漕ぎ出す。けれども大波がボートをコンクリートの防波堤にぶつけて、船体は木端微塵になった。

 重症を負った私は、港の人たちによって桜桃院へ運ばれ、緊急手術を受けることになった。


 手術室。

 朦朧とした意識の中で、若い女の人たちが、輸血を申し出ているのが聞えた。

 ――やめてえっ!――

 教会の鐘が鳴っている。


                    ノート20220217

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