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自作小説倶楽部 第24冊/2022年上半期(第139-144集)  作者: 自作小説倶楽部
第139集(2022年1月)/季節もの「風物詩(凧 成人)」&フリー「状況(殺人 穏便)」
4/25

03 紅之蘭 著  状況 『ガリア戦記 31』

【あらすじ】

 共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の三属州総督カエサルは、本国で三頭政治の一席に着き、辺境ではガリア、ゲルマニア、ブリタニアに侵攻。破竹の勢いの彼だが、五年目の冬営でベルギー人の反乱が起こり大損害を被る。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「ベルギー弓兵」

    第31話 状況


 ガリア戦役六年目・紀元前五三年、春。

 カエサルは、アミアンにあるローマ軍のガリア本営に、主だった部将を招集した。

「この冬、ベルギー人たちによる大規模な反乱鎮圧には成功したものの、反乱を起こした各部族への仕置きはまだだ。仕置きを行うには、冬場に失った兵士の補充が必要になる」

 冬のベルギー人反乱で、一個軍団と十五個大隊の九千を失っている。さらに、ブリタニア遠征での消耗を合わせると、カエサルは麾下のローマ兵一万以上を失っていた。

 総督任地の一つ・北伊属州に、配下の将軍三人を派遣することを命じた。兵士はローマの市民権を持つ男子でなくてはならないという法律があった。彼の地には、市民権を持つ男達が多かったのだ。

「ガリアを完全に制圧するには最終的に十個軍団が必要になる。だがさしあたり、奴らになめられぬようにするには、反乱前の八個軍団が必要だ」

 将軍たちが具申した。

「しかし総督閣下、一万ものローマ市民を募集するというのは、そう容易なものではありません」

「私・カエサルも、急ぎ本国へ戻り兵士を集めに赴くつもりだ。どのみち、クラススやポンペイウスと、協議をせねばならんしな」

 カエサルが、いつもよりはるかに遅参した格好で、イタリア入りすると、定例の三頭会談が始まった。


 イタリアの保養地・クラッススの別荘。

「やあ、クラッスス殿、オリエント遠征。一緒に行かれるご長男は息災かな?」

「カエサル殿が鍛えてくれたので有能じゃよ。部下どもは儂の引退を心待ちにしておる」

 肥ったクラッススは大笑した。

 筋肉質のポンペイウスは浮かない顔だ。

「カエサル殿よ、いただいた卿の娘・ユリアを死なせてしまった。許して欲しい」

「いや、ポンペイウス殿、それは天命というものだ。早速、一門から養女を選び、卿の後妻に進呈しよう」

 ポンペイウスはうなずいたが、腹の内は違っていた。

 ――いずれ、カエサルとは決着をつけねばならぬ。だが、カエサルの娘である妻を失ったばかりで、元老院派に鞍替えしたとあっては、市民たちへの面目が立たぬ。今はまだ、カエサルと友でいよう。

 ポンペイウスは、カエサルに一個軍団を貸してくれと申し入れられると、即座に了承した。

 こ春の三頭会議で、三者はそれぞれ手駒として、十個軍団までの保有が取り決められ、元老院で追認させることにした。――話しがまとまると、カエサルはすぐに踵を返し、近習数十騎とともにガリアの地を目指した。途中、ローマ近くを流れるルピコン河にかかる石橋を渡る。彼は何気なく一瞥した川は、さして川幅がない。


 このときカエサルと近習の騎士たちは、元老院議員の一行とすれ違った。元老院議員のカトーだ。一行は荷馬車一両を従えており、荷台には酒甕が並べられていた。

「よい日和ですな、カエサル殿。いつも儂が、市井の安酒ばかり飲んでいるのを哀れんだ親族が、酒を押し付けてよこしたのだ。良かったら、酒甕一つを進呈しよう」

「カトー殿、生憎、私・カエサルは先を急ぎます。次の冬にでも――」

 そんなふうに挨拶と雑談をかわした二人だが、実のところ、仲は良くない。

 カトーは、ハンニバル戦争を勝利に導き、英雄となったスキピオが、独裁者になる可能性があることを憂慮し、失脚させた大カトーの曾孫にあたる。


 少し前、紀元前六三年から翌年にかけて、元老院議員カティリナとその一派が、国家転覆の陰謀を企てていたのが発覚。執政官である兄キケロが元老院で、逮捕後に死刑を求刑すべきだと主張すると、護民官の職についたばかりのカトーはキケロを支持した。

 カトーは、議員であるが、著名なストア派の哲学者だった。哲学者つながりで、兄キケロに親近感をもっていた。

 対して同じく元老院議員であるカエサルが異議を申し立て、――死罪はやり過ぎで、資産没収・投獄くらいの罪が相当だ――とした。

 カトーは、カエサルが、カティリナ一派に加担していたのではないかと疑った。そして、激しくカエサルに議論をぶつけてきた。元老院での議論の最中に、一通の封書がカエサルに届けられた。――それこそカティリナがカエサルに宛てた密書に違いない――と執政官キケロに封書の開封と読み上げを要求した。

 ところが〝密書〟というのは、カトーの姉セルウィリアがカエサルに宛てた恋文だった。姉は人妻で、カエサルと不義密通をしていたのが発覚した。セルウィリアは離婚。この醜聞で清廉で頑固なカトーは、赤っ恥をかく。

 カティリナはほどなく謀反を起こしたが、キケロが派遣したローマ軍によって、鎮圧されている。


 カトーが自宅へ帰ると、「先日お借りしたプラトンの書籍をお返しに参りました。ついでですから、双六でもいたしましょう」と、待っていた甥っ子が、声をかけてきた。

 甥っ子というのは元老院議員で造幣局長であるブルータスだ。カエサルに可愛がられていて、三頭派と目されているのだが、政治家としての立場は横に置いといて、親族としての関係は良好だった。カトーは、――いずれ、こ奴もわが陣営に抱きこまねばな、と思うのだった。


続く



【登場人物】

カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。各軍団長には、副将ラビエヌスや、ファビウスといった名将かいる。

ブルータス……カエサルの腹心 

デキムス……カエサル配下の若く有能な将官。

オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。

キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサル麾下の有能な軍団長となる。

クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。長男が親元に戻ると次男がカエサル配下の将軍となる。

ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。カエサルの娘・ユリアを後妻に迎える。

カトー……元老院議員。ハンニバル戦争時代の政治家大カトーの曾孫「小カトー」

ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。

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