02 柳橋美湖 著 風物詩・成人 『北ノ町の物語 92』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿絵/Ⓒ奄美剣星「神装束のクロエ」
92 成人
浮遊ダンジョン〝トロイ〟第十三階層。幻術でつくりだされた空は、どんよりと暗く、曇っています。
私は、四大守護精霊を一度に召喚して、防御用の障壁を築きつつ、お婆様の障壁を壊すことに成功したのですが、代わりに、母・ミドリが発動させた術式〝パルプンテ〟で、母自身と、浩さんを場外退場という形で、失いました。四大守護精霊は通力を発動させたため、そのまま元いた異空間に戻っています。
なので、今、第十三階層のお花畑にいるのは、私・鈴木クロエと対峙しているお婆様の紅子、少し離れた横に控えている審判三人娘の皆さんだけ。
巫女姿のお婆様。長い髪を束ねている赤いリボンに手をやって、微笑んでいます。そのお婆様から、紅色をしたリボンを奪取することが私の勝利条件です。
紅子お婆様の足元、地面に描かれた結界魔法陣は、四大守護精霊たちの通力で、消えています。〝魔法陣〟は極めて強力な通力を発動できるのですが、描くのに時間がかかります。〝印〟や〝術式詠唱〟は、魔法陣の補助的なツールで、これを超えるものではありません。――のはずでした。
北ノ町の洋館に住むお爺様を手伝うご近所の家政婦さんを装っていたときのお婆様は、お爺様と同じくらいの年に思えた。けれど、この異世界で再会したときから、いつの間にか若返って、見た目三十前後に見えるようになっています。……ゴスロリ姿で復活した母・ミドリとは違う、大人の美しさ。
そのお婆様が、両袖から手を出し、三角形の〝印〟をつくり、詠唱しました。恐らくはマイクロ波を起こしたのでしょう。――技師の浩さんが、以前こんなことを話していました。――電子レンジに使うマイクロ波は、もともと兵器として各国が開発していたもので、第二次世界大戦中の日本帝国海軍は、五メートル先にいる鰻を殺傷する実験をしていたんだ。
電子レンジのマイクロ波が通らないのは、金属容器です。私は金属の盾をイメージして、ピンポイントの障壁を眼前につくりました。――私が通力を使いこなせないころ、魔法少女OBであるところのマダムが、最初に教えてくれた、ごく初歩的な通力の応用。
私の障壁は、通力で金属粒子を集めて皮膜によるもの。
そこに、お婆様のマイクロ波が、衝突して。火花を散らしていました。
初歩的といえば――
私が通力というものをマダムから学んだときの方法は、模倣です。
見習いながらも女神として覚醒した私は、浮遊ダンジョンの階層を上がるごとに、五感が研ぎ澄まされてきました。私は、今、最上階である第十三階層のここに立っている。なので、記憶力も絶頂に達している。
守護精霊・護法童子くんを従える瀬名さん、守護精霊・電脳執事さんを従える従兄の浩さん、魔法少女OBのマダムでパーティーを組み、その支援によって、ダンジョン最上階までたどり着いた見習女神の私。仲間も、使役できる四大守護精霊も今やいません。
こうは考えられないでしょうか?
お婆様は、私と通力による対戦を行いつつ、私に、術式を伝授している。
お婆様のマイクロ波が途切れたとき、私のピンポイント障壁も途切れました。
そのとき脳内で、メリメリという衝撃とともに、「最終解凍・模倣術式!」という声が響いたのです。
私が立っている地面が焼けて線となり、先ほどお婆様が立っていた魔法陣文様になっていったのです。
離れたところで見ていた審判三人娘の皆さん、金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の皆さんが、「やったあ!」と一斉に声を挙げ、それぞれに旗を揚げました。
――正規女神昇進・免許皆伝――
幻術の空の薄暗がりに、一条の光が射し込み、青空になっていきます。
◇
こうして最終試験を終えた私。
それでは皆様、次回またお会いしましょう。
By クロエ
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。