01 奄美剣星 著 状況 『ヒスカラ王国の晩鐘 22』
022 ラジオ・ノイズ
ヒスカラ王国王宮・小会議室で、俺、ケン・ムラマサは、その公安局捜査官の男に面会した。
「ザ・ライト・オノラブル・バロン・ビヨンド・ロード・タタ・オブ・ジェットストリーム=アストラパーム」
と、貴族風のフルネームを名乗った。長ったらしくて面倒くさい。いかにも制服キャリアといった感じで、眼鏡をかけている。なので、今回の事件で、助手役となる彼のことを眼鏡君とでもしておこう。
眼鏡君は、アタッシュケースから、机の上に、建物の外観や部屋の内装を撮影した写真、見取り図が拡げ、ざっくり説明を始めた。
――事件現場の写真――
季節は大寒を迎えた冬場である。煉瓦づくりの官庁街はすっかり雪景色で、通りを、二階建て路面電車や、リムジン、それに馬車が往来している。
「遺体が発見された場所は、ヒスカラ王国官舎〈蔦館〉三階三〇三号室遺体は、諜報機関職員男性クワトロ・ガロ、四〇歳。事件が起こったのは書斎。ガガ氏は椅子に座り、デスクに突っ伏した格好で亡くなっていた。第一発見者は、夫人と家政婦。二人が、ドアを開けたところ、ガロ氏が死んでいたのだそうです。」
「一世帯につき五部屋もあるのか?」
「そりゃまあ。上級国民を対象とした煉瓦マンションですからね」眼鏡をかけた捜査官が、眉をひそめて文句を言った。「ムラマサ中尉、真面目に私の話しを聞いてくださいよ」
「えっ、真面目に聞いているつもりだが……」
俺は、カップ麺をズルズルすすった。
「欲しいなら、アンタにもやるよ。この前、神楽市にある実家がね、五箱も送ってよこしてね」
「神楽市名物カップ麺。どうにも小官の口には合いません」
「王宮で、ダチになった近衛兵にやったら、喜んで食っていたけど……。あ、そうか、アンタはお貴族様だったな。男爵だっけ?」
「卿だって、勲爵士の叙勲を受けたでしょうが!」
「俺は転移都市・神楽市の武官で、王国宮廷との連絡役をやっている。爵位は宮廷に上がるための、必要最低限のステータスなんだとさ。確か勲爵士は名誉貴族で、正式な貴族じゃなかったんだよな。そういう意味じゃやアンタの方が格上だ。タメ張ってもいいぜ」
「小官にとって、エレガントこそがモットー。スタイルは変えませんよ」
男爵閣下の眼鏡君も食事がまだだったので、ブランチを取りながら食事を続けることになった。眼鏡君は網籠に収めたサンドイッチを頬張りだした。案外と協調性がある。いい心がけだ。
王宮は、われわれの世界でいうところのバロックによく似た、瀟洒な様式だ。天井板には神話をモチーフにした絵が描かれ、肖像画で埋め尽くされた壁際には、色とりどりの染め絵つき陶磁器瓶が置かれていた。小会議室もそんな感じだった。
「アンタの話しによると、最初、当局は、ガガ氏の死因は一酸化炭素中毒による事故死としていた。何でまた俺に話しを持って来たんだね?」
「実は私、女王顧問官レディー・デルフィーの紹介で伺ったんですよ」
「公安局の皆さんは、面倒臭くなると、いつも俺んとこに来るんだな」
「でも頼られた卿もまんざらでもない」
俺は、「そりゃそうだ」と言って、サンドイッチをかじっていた眼鏡君の背中をバンバン叩いたので、むせた。悪いことをした。
眼鏡君が話しを続ける。
「ガガ氏の官舎所帯四部屋は、書斎、夫妻寝室、家政婦部屋、リビング、予備室からなっている。殺害が行われたと予想される九時前後、家政婦は予備室でアイロンがけをしていた。
「奥方は?」
「友人に招待されて、夕方から新年祝いのパーティーに出かけていた。帰宅は深夜になり、友人のドライバーが車で送ってくれた。ウラもとってある」
なるほどね。
「朝方、われわれ捜査官が書斎に踏み込んだとき、引っかかる点があった。ラジオがつけっぱなしだったのだが、どこの放送局チャンネルにも合っておらず、ノイズしか聞こえなかった」
なるほど、犯人が敵国工作員だとすれば、ラジオを使ってガガ氏に何かしらのメッセージを送る。ガガ氏は指定されたダイヤル番号に電話して拒否の連絡をした。結果、家政婦がドア越しに、主人が何者かと電話をしているのを聴いたという昨晩八時の後、ヒットマンがやってきて、殺害されたというのが、アンタたち捜査官の推理というわけだ? いいところを衝いている!
当初、ガガ氏の死因が一酸化炭素中毒によるものだとした、眼鏡君たち公安局捜査官の所見が改まったのは、デスクの上の書類が散乱していたことだった。書類の中には国家機密に相当するようなものまであったのだ。
「――つまるところ、公安局は、外国工作員が、何らかのトリックをつかって、ガガ氏を殺害。重要書類を奪って逃亡したってわけだね?」
「夫人と家政婦が、ガガ氏を最後に確認したのは、いつ、どこで?」
「家政婦の話しによると、自宅書斎、午後八時とのこと。直接の姿は見なかったのだけれども、ガガ氏が電話をかけている声が聞こえていたんだとか」
ちょっと休憩だ。俺たちは、ガラス張り温室になった喫煙室ベンチに座り、一服やった。
侍童のカミーユが、「ラジオをおつけしますか?」訊いたので、頼む。すると、ニュースキャスターが、いくつかの事件を報じた。
ニュースの項目には、ガガ氏の変死も紹介されている。そして、最後のほうになってからだが、アマチュア無線の無免許使用で逮捕された男の話題があった。
俺はピンときたね。それで眼鏡君にこう助言してやった。
「昨日、ガガ氏のラジオの周波数と同じダイヤルを聞いたリスナーがいないか、調べてみると言い。公安局にクレームが来ていないかね? 家政婦が聞いたというガガ氏が何もかと電話していた声というのは、ラジオだったんだ。たぶんアマチュア無線で、違法にラジオの周波数に介入した」
「アマチュア無線の無免許使用で逮捕された男が、何か知っているかもな」
早速、眼鏡君は、王宮の電話を借り、公安局に電話をかけた。
俺は眼鏡君の横で、指摘事項をいくつか挙げてやった。
「ガガ氏と奥方との夫婦仲は良好か? 官舎の隣室住人は言い争いとか聞いていないか? 奥方の身体には亭主によるドメバイの痣とかがないか、掛り付け医師に確かめてくれ。もう一つ加えるならば、夫人の愛人がいるか? そいつがレコーディングとか、アマチュア無線をやっていなかったかも調べて欲しい?」
眼鏡君は、同僚たちに、俺が言った要件を忠実に伝えた。
翌日、事件は解決した。
眼鏡君の話によると、言うまでもなく犯人は、ガガ氏の夫人だ。ガガ氏と夫人は、夫婦関係が冷め、浮気に走った。そのことで、ガガ氏から暴力を振るわれる。夫人は愛人の男と共謀。間男は、ガガ氏に電話をかけて、声を拾い録音した。
夕方、家政婦が市場に買い物に行ったとき、入れ違いで職場から帰宅した夫に、睡眠薬を仕込んだ飲み物を渡し昏倒させる。潜んでいた愛人に、書斎に運ばせるとともに暖炉を不完全燃焼させる。
家政婦が官舎に戻ってくると、ガガ氏が誰かと電話しているように聞こえたのは、ラジオから流された、無線の音声だったというわけだ。
*
それにしても、夫人は余計なことをしたものだ。
単純に、一酸化炭素中毒にしておけばよかったものを、アマチュア無線をつかったラジオ放送介入や、デスク上の書類散乱で足がついたってわけだ。
ノート20220129