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自作小説倶楽部 第24冊/2022年上半期(第139-144集)  作者: 自作小説倶楽部
オープニング
1/25

00 奄美剣星 著  『サバンナの星』

挿絵(By みてみん)

Ⓒ奄美「後ろからライオン」

 アフリカ・サバンナ。

 仕事に疲れた僕は充電のためにアフリカを訪れた。灼熱の太陽と乾いた風が、原始のエナジーを補給してくれる。

「なるほど、だんな、その銃は伯父さんの形見なんだね」

「博物館に勤めていた独身の伯父は貧乏だったけど、子供のときに親父をなくしてからは、父親代わりだったんだ」

 遠くに、巨峰キリマンジャロが望める。

 現地ガイドが運転するジープに乗りこんだ僕は、草原に降り立った。後にはポーターとして雇った原住民が乗り込んだ、獲物を乗せる軽トラックが続く。

 少し先に野生牛の群れをみつけた。

「亡くなる直前にさ、伯父が謎かけをしたんだ。キリマンジャロの頂きにむかう万年雪のなかで一頭の豹が死んでいた。明らかに山頂を目指している。餌場から離れた極寒の地で、なにゆえに彼はそこにむかって死んだのか――」

 ガイドは長身の白人だ。少し年をとっていて、火をつけない煙草を口にくわえ、困った顔をした。

「哲学的な内容だな。悪いがそういうことは守備範囲外なんだ。……それより、野生牛と俺たちの間合いをはかってみてくれ。あと少しでライフルの射程内に入る。風下に回り込んで、もっと接近するんだ」

 ガイドのあとについて僕は、野生牛の群れの後方に、回り込んだ。

 トリッカーを引いて一発めを放つ。

 怒った敵は大きな雄で、たぶん、群れのリーダーだ。

 ここが正念場。遊底をガチャンとやって薬莢を捨て、次の一発を放つ。

 しかしまだこっちに迫ってくる

 三発め。しかし敵はまだ駆けてくる。

 もう目前だ。

 ガイドが叫ぶ。

「横にかわすんだ!」

 砂煙があがっている。

 四発め。そこでようやく、奴は腰から地面に崩れ、横倒しになって沈んだ。

「冷っとしたぜ」

 僕が肩で息をしていると、後ろで、ガイドの声がした。

 声色が変っている。

「だ、だんな、後ろをみてくれ。ライオンが……」

 立派なタテガミをつけたライオンが灌木の陰から姿を現した。そいつは一度吠えると、後ろから、失踪して踊りかかってきたではないか。

 一発撃ちこんだのだが倒れない。こんなときに弾切れなんて、畜生! 血相を変えた僕は、ジープを停めた場所まで、全力疾走した。


          * * *


 運動場に設営されたテント。そこにいた放送部員が、運動会・短距離競争の実況アナウンスをしていた。

 ――ビリにいた恋太郎クン、走ります、走ります。あっ、一人抜いた。二人抜いた。凄いぞ、ごぼう抜きじゃないか! 一番二番を争う、愛矢よしやクン、黒縁眼鏡の委員長のところまで、きたぞおーっ。

 ダダダダダ……。

 砂煙が上がる。

 恋太郎・加速装置、ON!

 ――抜くか、恋太郎、ラストスパート!

「ライオン、ライオン……、後ろにライオン」

 愛矢と委員長、「?」

「ライオン、ライオン……」

 ダダダダダ……。

 砂煙があがる。

 ――恋太郎、ゴール。愛矢、委員長を抜いて、一着!

 トラックの外縁にいた全校生徒が総立ちになった。

 妄想力の勝利!


          * * *


 秋の休日、何気なく散歩していると、無意識のうちに高校時代の母校にでた。

 郷愁をさそうような独特な喧騒があり、振り向くと生徒たちがトラックを走ったり、綱引きしていたりしているのが目に入った。

 ――運動会か。


 高校生のころ、フォークダンスが恥ずかしくて、恋太郎が一人席にすわっていたところ、三人の女子生徒が前にきて誘ってくれた。お下げの娘、ショートカットの娘、ポニーテールの娘。夏物の体操着で細い身体をつつみ、涼しげにみる。三美神にたとえてもいいだろう。

 それはともかく、

 余計に恥ずかしくなって、席から逃げ出したところを、ずっと様子をみていた麻胡先生に捕まって、丸めたノートで頭をたたかれた。

「情けない。女の子がああいう行動をとったときは、恥をかかせないようにキチンとしなさいな」

 高校時代、憧れていた化学教師・塩野麻胡先生。……スーパーモデルさながらの体型をした大人の女性。授業では、福音を唱えるかのような声色に、男子生徒たちは酔って、脳ミソが化学反応・エルマジョン現象を起こしたかのように、グチャグチャに溶けたみたいになったものだった。


 恋太郎が昔日の感慨にふけっていると、学校前の停留所にバスがやってきてドアが開き、そこから若い女性が跳び降りてきた。どこかでみたことがある顔だ。

 すると彼女は、最後のステップを降りるとき、飛びあがって、丸めたノートを恋太郎の頭に直撃させた。

「こらこら、不用意に学校校庭を、特に女子生徒をみていると、不審者に間違えられるわよ」

「あれ、麻胡先生!」

 長い髪、華奢でしなやかに伸びた四肢。オレンジのような香水のにおいが漂っている。

「恋太郎クン、また、妄想してたでしょ」

「えっ、えっ、どうして判っちゃったんです?」

「なんたる偶然か。見つめあう二人は抱き合い、唇を重ね、恋太郎青年の手は乙女の腰にまわされ、手は黒いストッキングの生地に覆われた太腿に降りてゆきそこを撫で始めた。なおもその手は、ふわりと風に漂うスカートのなかに吸い込まれてゆく。それからそれから……」

 襟にリボンをつけたスーツ姿のその人は、スカートの後ろで手を組んで、くるっと回転してみせる。下着は、きわどくみえそうでみえず、内側のシュミーズが残像のように舞っている。切れ長の目の端で青年をみやり、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 私、恋太郎をみるとね、なぜだか意地悪したくなるの。……とでもいっているような素振りだ。

 流し髪の少年が、赤面していたのはいうまでもない。

 ――読まれている。やっぱり、先生は魔女だ!


   ノート20140819作品加筆

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