お金は取られたけど、飯を食って幸せだ〜
神アイテムをゲットしてから１時間後。
アンズたちと別れを告げ、俺は一人で【イマゼン】に戻ってきた。
今は【世界地図】を使って宿屋を探しているところだ。
空には太陽がもう沈んでおり、その代わりに月が無数と想わせる星とともに高く空を飾っている。
それにもかかわらず、大通りを歩く人々がまだ所々に見える。
気温も夜になったら急に下がった。
そういえば朝もかなり寒かったよな。
季節は秋か冬かのどっちなのかな？
確かに俺が転移する前に夏だったけど。
ってことは春夏秋冬という概念がこの世界にも存在するってわけか。
そう、ぼんやりとした頭で思うと、地図を頼りにしばらく大通りを歩き、宿屋「三日月」の看板が見えてきた。
三日月のロゴマークが見える。
わかりやすい。
見た目は三階建ての建物だ。
中に入ると、一階は酒場というか食堂らしき感じになっていて右手にカウンター、左手に階段が見える。
スカ○リムとかに出てきそうな宿屋の風景だった。
「いらっしゃーい。食事ですか。それともお泊まりで？」
しばらく宿屋内を見回すと、カウンターにいるお姉さんが声をかけてくる。
背中まで伸びている艶やかな黒髪がとても印象的で、雪を想わせるような白い肌も目を惹かれるほど純白だ。
年齢は俺と同じように見える。
カウンターに近づくと、声をかける。
「えっと、宿泊をお願いしたいんですが、１泊いくらになりますか？」
「ウチは１泊、朝昼晩食事付きで１０００エリスだよ。あ、前払いでね」
１０００エリス？
いや、１０００エリスしか持っていないけど？
ってか高くない、これ？
どう考えても高いよな。
まじでぼっ手繰りだわ！
弁護士は…さすがにいないかぁ。
チェ。お金をあげればいいでしょ？
わかったわかったよ。
「はぁ」と悔しさで溜息を漏らしながらも、ポケットから恐らく１０００エリスが入ってる銭袋を取り出しカウンターに置いた。
「はい。１０００エリスです」
早く集めた魔石を交換したいなぁ。
「はーい〜。最近お客さんが少なかったから助かるわ。ありがとうございます 」
お姉さんの声に、俺は頷いた。
「えーっと、じゃあ１泊ですね」
「うん」
「わかりました。じゃあ、」
と、お姉さんはカウンターの奥から宿帳らしきものを取り出して、俺の前に開き、インクのついた羽根ペンも差し出してきた。
「ここにサインをお願いしますね」
「はい」
インクのついた羽根ペンを受け取ると、名前を記入する。
えっと、氏名でいいかな。
なんとか異世界語で氏名を記入すると宿帳らしきものをお姉さんに返す。
するとそれを手に取り、お姉さんは宿帳らしきものに一通り目を通す。
「ミヤザキ・カエデ？ 珍しい名前だな」
そういえば、アンズさんも同じことを言った気がするが。
「よく言われてます。俺は実はこの地域の者ではないですから」
「そうなん？ まあいいさ。で、名前はミヤザキでいいかしら」
「あ、いや。名前が楓。宮崎は苗字…家の名前です」
「ああ、名前と家名が逆なのね。イーセンの生まれ？」
「あー…まあ、そんなとこですね」
イーセンってなんや？
この世の日本みたいなところか？
わからん。
でも面倒くさそうなのでそういうことにしておく。
「じゃあカエデくん、これが部屋の鍵ね。場所は三階の一番奥。トイレと浴場は一階、食事はここでね。あ、どうする？ お昼食べる？」
あ、そういえば食事付きって言ったよな？
これはこれは、ようやく来ましたのでは？
俺がこの世に来てからすでに２１時間後。
あの書店から出たときからずっと望んでいた物が…
いや、ここで泣くにはいかん。
こぼれ落ちそうな涙をこらえ、俺は言葉を信じず、無言のまま頷いた。
俺の反応を見ているお姉さんはきっと笑っているのだろ？
でもそれはどうでもよい。
思う存分に笑えばいいさ。
「じゃあなにか軽いものを作るから待ってて。今のうちに部屋を確認してひと休みしてきたらいいわ」
「はい！ わかりました！」
そう納得すると、階段を上り、三階の一番奥の部屋の扉を開ける。
六畳くらいの部屋だ。
ベッドと机、椅子とクローゼットが置いてあった。
正面の窓を開けると、宿の前の通りが見える。
なかなかいい眺めだ。
月に照らされ、大通りを行き来する人たちの輪郭が見える。
……明日はいよいよ冒険者試験の日だな。
本当は昨日（今日）だったけど、まあ、些細なことだし、あんまり気にしなくていいよな。
その後はなぁ、新しい武器や服装を買いに行くとするか？
折角アンズさんから神アイテムをもらったんで。
あ、つまりあれか。
明日冒険者になったらいよいよワードローブチェンジってことだな！
楽しみだ！
とまぁ、明日の予定を決めると気を良くして部屋に鍵を掛け、階段を下りるといい匂いがしてきた。
「はいよー。お待たせ」
お姉さんは俺を見かけて、声をかけてくる。
食堂の席に着くと、スープが運ばれてきた。
あまり俺が元いた世界と変わらない食べ物みたいだが、食べ物は食べ物だ。有難く頂こう。
まあ、お金は取られたけど、飯を食って幸せだ〜
俺的には、素晴らしい１日だったわ。
