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第十九話

 リーネの頭を撫でつつ雑談をしていると、彼女の背後側、他の生徒達がいる方角からその人物はやって来た。

 彼女の正面に立つコウは位置の関係もあって、顔を上げるとその人物と顔を合わせることになる。

 その表情を確認するとコウは無駄に不敵な笑みを浮かべて見せた。


「これは先生、授業お疲れ様です。何か御用ですか?」


「え?」


 コウが声をかけてからようやくリーネもその存在に気がついたようだ。

 先生と呼ばれた人物――――ウィリアム・グロウは、そのきりっとした眉を動かして、浮かべていた呆れ顔に苦笑を混ぜた。


「……白昼堂々、しかも授業中に男女の生徒が抱き合ってるんだ。流石に教師として何も言わないわけにはいないんだよ」


 それを聞いて落ち着きかけていたリーネが、再び顔を真っ赤に染め上げた。

 恥ずかしいのか、ゆっくりとした動作でコウの背後に回ってしまう。


「あーあー、駄目じゃないですか先生、生徒を苛めたりしたら。じじい……学園長に言っちゃいますよ?」


 余談だが学園長は多くの意見を聞き入れる為と、スケジュールに問題がなければ生徒、教師、貴族、平民、身分関係無く学園長室の扉を開き招き入れている。

 もっとも、恐れ多いとして滅多に訪ねる者などほとんどいないが。


「君、今普通に学園長へ暴言を吐いたね?」


「ちょっとしたお茶目ですよ」


「……クラーシスは本当にぶれないな」


「やだなぁ、いつも通りに過ごしているだけですよ」


 有名な画家が土下座でモデルを頼みそうな容姿で、実力もあれば物腰も柔らかいウィリアムは、教師、生徒関係なく学園にいるほとんどの者に人気がある。

 しかし、その人気や当人の完璧さから、物怖じしてしまう者が後を絶えない。

 一方的に緊張して喋れない者が続出し、実は彼とまともな会話を成立させる生徒は少なかったりする。

 それは周知の事実なのでこの一連の会話をコウの背後で聞くリーネは、驚きながらも「やっぱりコウは凄い」と関心している。

 そんな彼女を余所に二人の会話は続く。


「つか、先生は別にそんなこと気にする質じゃないですよね? 何か用ですか?」


「いや、そうだけど……君、もう少し言い方があるだろう……」


 心底困ったかのようにウィリアムが笑みに苦みを強める。


「あの……」


 追撃を加えようとしたコウだったが、背後から聞こえたリーネの声で断念されられた。

 コウは僅かに振り返り、横目を向ける。


「どうした?」


 すると、リーネは遠慮がちに聞いてきた。


「その、二人は前々から知り合いだったんですか?」


「……あー」


 その疑問はもっともだとコウは思った。

 ウィリアムは良くも悪くも近寄りがたい人物である。

 その人物と親しげに話すだけでも、中々凄いことになるのだろう。しかも、二人の会話は初対面ではなさそうなのだ。

 その上、ウィリアムが受け持つ授業は、高等部二年から実施される選択授業の教科だけ。二年生以下の学年では彼と接点を持つのは難しいはずなのだ。

 彼女の言わんとすることをコウは理解して説明する。


「いつぐらいだったかな……確か、劣等生として名が広まったぐらいの時かな? この人がいきなり話しかけてきてな」


 廊下をコウが一人で歩いている際に、いきなり人気で噂の教師が話しかけてきたかと思えば、前触れなく励ましの言葉を投げかけてきたのだ。

 何故相手が自分のことを知っているのかと訝しく思い、当時のコウは自分の依頼のこともあって大いに警戒した。

 だが、実際は学園側が劣等性を生み出さない為に行った一つの手だった。

 それを確認して以来、会えば立ち話をするくらいの仲にはなっていた。

 もっとも、優秀な教師が励ますことで、劣等生にやる気を出させよう、という学園の作戦は結果を見れば失敗に終わっているのだが。


 ついでに今まで学園が劣等性である自分に対して、いろいろな処置が行われて来たことをリーネに説明した。


「そうだったんですか……」


 納得した様子の彼女を見届け、目をウィリアムに戻すと彼は神妙な顔つきになっていた。

 それを確認したコウはまた始まったかと口の中で呟く。


「クラーシス、他の生徒達から君が何て呼ばれているかは知っている。でも、今は苦しいかもしれないけど、諦めちゃいけない。確かに鍛錬を積めば必ず強さが手に入るわけじゃない。けど、それでもめげずに頑張れば――――」


「へいへい、分かってますって」


 コウはウィリアムの言葉を遮った。

 本当に自分の言葉が届いているのかウィリアムは訝しげである。

 しかし、コウが彼の背後、既に生達が去った空間に視線を送ると、それで意識が修練場に自分達しかいないことに、彼も気づいたのかそれ以上言うことを諦めたようである。

 気を取り直すように彼は朗らか笑みを浮かべた。


「分かってくれているならいい。……それと、ヴァルティウス君」


 突然声をかけられ驚いたのか、コウの背後でリーネが身体を震わせた。

 そしてコウは今更ながら震えが自分に伝わってくるほど、彼女が身体を密着させていることに気がついた。


(緊張している? いや、これは……怯え?)


 ウィリアムから隠れた位置にいるリーネをまた振り、横目で確認すると彼女の様子はそのようにコウの目に映った。

 どうしてそこまでの反応を示すのか疑問に思うコウを余所に、彼女の反応に気づかぬウィリアムは言葉を続ける。


「君もその、いろいろと言われているようだけど、何か相談事があったら僕が聞くからね?」


「なんだ、学園側はこいつの状況理解してるんですか? だったら改善の為にちゃんと動きましょうよ」


「いや、それはそうなんだけどね……」


 隠すことなく失望を混ぜてそう言うと、ウィリアムは何処か困ったようにコウの背後を――――リーネの様子を窺った。


「コウ、そのことは、いいんです」


 すると、ささやくように小さな声がコウの耳に届く。

 何がいいのだと思うコウのそれに答えるように、彼女は直ぐに言葉を続けた。


「学園には私のことで、対応をしないようにお願いしているんです……」


 不思議なことを聞いた。それがコウの感想だった。

 当然、どうしてなのかと疑問に思ったが、深く考えなくても答えに行き着いた。


(例の事情ってやつか……)


 考えられるのはそれくらいだろう。

 命を狙われると言う殊更難しい問題をリーネは抱えている。恐らくその関係で騒ぎにしたくはないのだろう。

 学園に彼女の命が脅かされていることを、伝えていないという背景に考えれば容易に想像出来た。

 ならば、それ以上彼女を問いただす意味は無いとコウは判断した。


「僕達側としても議論になったんだ。その結果最終的にヴァルティウス君の強い希望に沿う形になった」


 口惜しそうにウィリアムは言う。

 リーネの状況は苛めと称するにはギリギリな所である。

 その点を踏まえ、学園としても貴族の子どもを預かっている以上、苛めという事実を積極的に認めたくないのだろう。内情から来る判断であるのは間違いない。

 その判断が正しいものであるとコウは思わないが、彼女自身が望んだというのであれば、今更口を出すことではないだろう。

 ウィリアムは念を押すように言う。


「でも、君が怪我を負ったりするようなことがあったら、私達も黙っているわけにはいないからね? そうなる前に最悪僕じゃなくてもいいから、教員の誰かに相談してくれないか」


「……はい」


 不自然な要求を通した自覚があるのだろう。気まずげにリーネが答えた。

 それを確認したウィリアム何度か頷くと右足を一歩引いた。


「さてと、長々と引き止めて悪かったね。実は君達の所に来たのは、授業が終わったことを伝えるのも兼ねていたんだ。それじゃ、お昼を楽しむといい。僕はこれで失礼するよ」


 そういって彼は引いた足に力を込めて振り返ると、元軍属らしいきびきびとした動きで、修練場から去って行った。


「ふぅ……」


「はぁ……」


 二人が息を吐き出したのはほぼ同時だった。振り返るとリーネと目が合う。

 その目には同時に息を漏らしたことに対する驚きと、そして愉快そうである気持ちが見て取れた。


「……あの人が苦手なのは俺だけかと思っていたよ」


「じゃあ、コウもなんですか?」


「ああ、いい人だとは思うが、どうもな。……あの人と話をしていると自分が依頼の為とはいえ、学園のほとんどの奴を騙していることを思い出すからかもしれないな」


 劣等生演ずることで小馬鹿にして笑いの種にする者がいれば、本気で心配して真剣な気持ちで声をかけてくる者もいる。それは間違えようのない事実だ。

 コウはそれを受け止めなければならないだろう。


「コウ……」


 なるべく普段と同じ調子で言ったつもりだったが、しかしリーネの気遣う素振りを見る限り成功はしなかったようである。


「ん、まぁ、俺の問題だからな。お前が気にすることじゃないさ」


 コウがそう言うと、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 お互いに事情があることを知っていて、深くは追求しないようにする。

 それは互いに都合がよいことだったが、同時に互いに深いところを理解してやることが出来ないということである。

 いつか笑い話として言えるときが来ればいい。そうコウは思わずにはいられなかった。


「そういうお前はどうして苦手なんだ? あの人は滅多に嫌われるような人種ではないと思うんだが」


 コウは気軽に訪ねた。

 恐らく学園に無茶な要求を通したこともあって、教師全員に苦手意識を持っているだけだろうと思っているからだ。

 しかし、その予想に反してリーネは難しい顔を作った。

 そして言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。


「……理由は分からないんです。でも、何故かグロウ先生に対して苦手で」


 それは男だから、という性別的な問題を抜きにしてということだろう。

 理由も無く個人を苦手と言う彼女に、コウは意外な気持ちを抱いた。

 自分が根拠のない信頼を寄せられているからだろうか、彼女が人を苦手だという気持ちを表に出すとは思っていなかったのだ。

 或いは、そんな彼女にして苦手だと断言させる何かが彼にはあるのだろうか。


「うーん、まぁ、波長の合う、合わないは誰だってあるもんな。そういうこともあるさ」


 今はそうでもないがコウもアヤから一方的な形で嫌われていた。

 世の中、相性というものがあるのだ。


「そう、ですよね……」


「ま、深く考えすぎないようにな。……さて、そろそろだと思うんだが」


 少し重くなりかけた空気を振り払うように、意識してコウは明るく言う。


「何がですか?」


 リーネもそれを察したのだろう、彼女なりに気持ちを盛り上げた様子で問いかけてくる。

 それに対してコウは答えようとしたが、修練場の出入り口より二人の人物がやってきたのを見て、わざわざ言うこともないと指を刺す。


「あっち?」


 伸ばされたコウの指の先をリーネが目で追っていく。

 そこにあったのはロンとアヤの二人の姿。

 四限の後に昼食を食べる約束をしていたので、中々来ないコウ達を探しに来たようだ。

 待ち合わせ場所は修練場から、かなり近い場所だったので、入れ違うことを考えないで探しに来れたのだろう。


「いい加減、俺も腹減ったしな。行こうぜ」


「……そうですね」


 もやもやとする思考を打ち切って、リーネが努めて明るく言う。

 そうして何かと煮え切らない問題を抱えた二人だが、今はそれを忘れて友人達との時間を楽しむことにするのだった。



 見苦しいとこをお見せして申し訳ないですが、誤字脱字、ご指摘などは発見次第ご一報頂ければ幸いです。いつでも歓迎しています。

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