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第十三話

 暇つぶしに貢献出来れば幸いです。

 日も昇っていない時間。

 真っ暗闇と言っても差し支えのない部屋の中で、コウは目を開き、身体を起こした。

 光源は窓から差し込む微かな光という部屋の中、コウはロンを起こさないように配慮して、音もなく二段ベッドの上段から下りる。

 暗闇の中で迷いなく動くその様子は、寝起きとは思えない程にきびきびとしたものである。

 コウは部屋着から着替えるが、代わりに着たものは、見た目は部屋着と全く同じ黒いシャツに、所々小さく破けた薄茶色のズボンを剣を佩く事の出来るベルトで穿いている。

 着替え終えると、コウは机の上に置いてあった革の袋だけを肩に背負って部屋から出て行く。

 時間にすれば短いものであったが、この間、部屋の中には音が一切生まれなかった。


 廊下に出ると、コウは寮の玄関へと歩き始める。その最中、やはり足音は一切していない。基本的に学生は夜間は寮からの外出は禁じられているので、外に出るなら誰にも悟られないように動く必要があるのだ。

 玄関には管理人室と直接繋がった窓が設けられているが、日も昇らぬ時間では当然閉じられているので、コウはその前を難なく素通りした。

 寮を出ると、コウの視線の先に巨大な建造物が聳え立った。クライニアス学園の中心にして象徴であるパースライト城だ。

 中心にある建物として一つの目印になるように、魔術によって灯る松明が城の至る所に立てられていている。なので、日の光がなくともその全貌は確認が出来た。


 パースライト城は石積みによって肉付けられていて、その体躯はどっしりとした佇まいである。

 外壁、内壁と二重構造で作られた壁は肉厚で、壁面の所々にまぶしたように生える苔が、まるで人間で言う皺のようにこの城の年齢を浮かび上がらせているようである。

 城の角の部分には円錐状の塔が城から生えていて、見張りの兵が配置出来るような構造は、この城が要塞としての機能を持っていたことが窺える。

 しかも、城の外壁には対物理障壁が張り巡らされ、内壁には対魔術障壁が施されているというのだから、要塞として十分機能することが裏づけられている。

 悠久の時を経て、現存するこの城は、単純な大きさ以外の何か不思議な存在感があった。


 毎日寮を出て必ず一瞥してしまうのは、その不思議な存在感がある故だろうか。

 そんな事を考えながら、コウは古城へと向かって歩き始める。

 道の途中はパースライト城とは違い、光源となるものは存在しないが、コウは迷いなく進んでいく。

 しばらく歩いていると、寮と古城の中間辺りで突然コウは目を鋭く細めて前方を見た。

 少しするとコウが見た方角から二人組が姿を現した。こちらも光源もなく暗闇の中をやってきている。

 二人組は同じ剣を佩いていて、片方は槍を持ち、もう片方は小楯を持っていた。格好は全く同じもので、金属製の鎧を着ている。


 鎧は急所のみを隠すことを前提として作られているのか、金属が少ない鎧である。金属という素材で出来ているのにも拘わらず、身体にフィットした鎧はかなり身軽そうだ。

 金属が持つくすんだ銀色を持つ鎧には、特徴的な所があった。

 それは肩、脇下、腰回りに走る赤いライン、そして胸元に刻み込まれた紋章である。

 まるでクライニアス学園の制服であるローブと同じようなデザイン。


 そう、二人組はクライニアス学園が誇る警備部隊の隊員であった。

 時間帯や着込む鎧の種類、二人組であることを考えると、定期的に行われている巡回の最中なのだろう。

 クライニアス学園の警備部隊という有名な肩書きを持つ二人組は、一切喋ることなく辺りを見回しながら、それでいて互いを可能な限り視界の隅に入れるようにして歩いている。

 二人組は組んで長いのだろうか、見事な連携である。

 厳戒態勢のように緊張感を誘う二人組だが、これは学園の警備部隊では当たり前のことだった。

 気を弛め、油断した時こそが、危険の訪れる時である。

 この言葉を信条にしている彼らには、毎日繰り返す学園内の巡回でも手を抜くことはありえない。その姿は流石に尽きる。

 そんな二人組がやって来ているのにも拘わらず、コウは身を隠したりしないどころか、歩むことすらやめない。

 互いの方に向かって歩いているコウと隊員達の距離は直ぐになくなっていく。

 しかし、コウが目の前と言える距離に来ても隊員の二人は反応を示さない。

 それどころか、隊員の間をコウが通っても、気づくどころかそのまま行ってしまう。

 まるでコウが見えていなかったかのような隊員の二人を、コウは一度だけ背中越しに一瞥してから、真っ直ぐにパースライト城へと向かうのだった。


 城の前にやって来たコウを出迎えたのは、尋常な大きさではない扉だった。ここが古城の出入り口なのである。

 ドラゴンでも通ることを前提にして作ったのでは? と疑えるそれは現在閉まっている。

 毎日、日が昇って少し経てば開き、日が沈んで暫くしてから閉められているのだ。

 この大扉を開け閉めするには屈強な警備部隊の者達が十人以上集まり、滑車装置を動かす必要があった。

 そんなことを毎日やるのは大変な事ではあったが、学園には禁書扱いの魔術書や貴重な魔装具、封印指定の魔導具が保管されているので、当然それらを保管する建物の入り口は可能な限り閉めるべきなのである。

 流石に人が出入りするのにこの大扉だけでは、不便の一言で片付けられないので、大扉が閉まっている時や少人数が通る時用の小さな扉が大扉の横に存在している。

 そこを使えば大扉を開かないでも、城の中に入ることが出来るのだ。

 コウはそこを通る――のかと思いきや、大小どちらの扉も無視して、道の脇に逸れるように藪の中を進んでいく。

 獣道のように草を潰して通った痕跡を残さないように気をつけながら、コウは生い茂る草葉を掻き分けていく。

 小規模の林になっているここには、様々な種類の小さな生き物たちが生息しているが、そのどれもが直ぐ近くを通るコウに何の反応も示さない。夜行性の生き物も無反応であることから、生き物たちが寝ているから反応がないという訳ではないようだ。

 程なくするとコウの何倍も大きさがある岩が現れた。

 その岩は所々に苔を生やしていて、岩陰にも何かしらの草が生えている。とても自然な様子で岩は鎮座していた。

 コウは岩に近づきながら小袋に手を入れると、中から指輪を取りだす。

 指輪にはびっしりと何かが彫り込まれていて、銀で出来たその指輪は日の光の下で見れば、着飾る為の装飾品だと思ってしまうような品に見えた。

 しかし、それはコウの行動によって否定される。

 コウは指輪を嵌めた手を岩に当てると、静かに口を開く。


「我、隠されし存在を知る者。汝が意味を知る者なり。今此処に汝の真実の姿を現せ」


 コウがそう唱えた瞬間、コウが付ける指輪の彫られた部分が光ったかと思うと、指輪から輪の形をした光が放たれ岩に吸い込まれた。

 すると、独りでに岩が後ろへずれるように動き出す。その様子はまるで見えない何者かが動かしているかのようである。

 岩がずれると、そこには人一人が通れるかくらいの狭い穴があった。覗いてみれば、階段が見えている。

 この隠された道を出現させたコウは、指輪を外して小袋にしまいながら、慣れた様子で階段を下りていく。コウが完全に下り終えた背後で、岩は元の位置へと戻り始めていた。


 階段を下りた先には細い道が続いていた。

 コウはおもむろに壁に手を伸ばすと、一部盛り上がっていた部分に触れる。そこに魔力を込めると、コウが立つ場所から奥へと順に壁の一部が光を放ち始める。

 コウは暗視の魔術を解きながら、通路を進み始める。

 この通路は穴を掘り進んだトンネルのような空間なのだが、足下や壁、天井は煉瓦状の形をしたもので補強されていて、階段のみならずこの通路全体が最初から人の手によって作られたことが分かる作りとなっていた。

 通路はいくつも道が分かれていて、上る道もあれば、下る道もあって、まるで迷路のように複雑な作りとなっていた。

 コウはそんな通路を迷う素振りを見せずに進んでいく。コウが選ぶ道は下へ下へと下っていくことが多かった。

 そうしてすいすいと進んでいったコウだが、突然止まったかと思うと壁に手を当てる。

 そして、先ほどとは違い、単純に力を込めると壁の一部がくぼみ、引き摺るような低い音を立てながらずれる。

 そこには隠された通路があった。

 コウは直ぐに姿を現した通路に足を運び入れ、光が灯っていないので、壁に手を触れて魔力を込めて通路を明るくてから進む。

 ここまで道すがらのことで分かっていたことだが、驚ことも、迷う事のないコウは、この道をいつも利用していることが窺えた。

 コウが目指す先には何があるのか。

 それは意外と早く分かることだった。


 岩によって隠された通路の中で、更に隠されていた通路を進んだ先。そこには広い空間があり、そして日の光が降り注いでいた。

 コウが通路から出ると、まず多くの緑が出迎えた。

 草木は生い茂り地面を多い包み、木は視界を塞がない程度に種類に制限なく乱立し、花は花弁を美しく魅せていた。

 木漏れ日の注ぐその世界には、人が作り出すのは不可能な確かな自然が存在していた。

 コウは慣れた様子で緑の中へ向かって行く。木を避け、小さな茂みを掻き分け、ちろちろと流れる透き通る小川を乗り越えた。

 そして、ある程度進むと、無数に木が乱立するこの空間にしては、珍しい少し開けた場所に辿り着く。

 コウはこの少し開けた場所を勝手に広場と称していた。

 広場に踏み入れる前に、コウは一本の木へと向かう。

 その木には根元から幹にかけて、一振りの剣が立て掛けられていた。コウの目的はこの剣であった。

 交換するように革の小袋を根元に置き、剣を手に取る。剣がここにあることは、別段不思議なことではない。何故なら、コウが毎日ここに置いて帰るものだからだ。

 広場の中心へと向かいながら、コウは剣を抜く。現れた剣身は鈍い光を放つものの、特別な力などは感じられなかった。

 そう、それは前にドリークと戦った時に振るったものとほとんど同質のものである。

 以前にコウが街の武器屋で安売りしていた剣を、まとめて買った内の一振りである。

 唯一の違いとして、柄に巻かれた布がぼろぼろな点が、ドリークと戦った時のものとは違うことを主張していた。

 コウは鞘をベルトにやって広場の中心に立つと、大きく一つ引きを吸い、吐き出すと前後に剣を振り始めた。


 こうして、コウの日課は始まるのだった。






 基本の型、応用の型、攻め主体の型、守り主体の型を何度も繰り返し行い、次の鍛錬に移ろうとした時だった。

 それは突然やってきた。


「やぁああぁあああ!!」


 コウの背後に刃が襲いかかる。

 それは完全な不意打ちであるはずだった。

 立て続けに音が鳴り響く。

 金属のぶつかり合う音、地面が振動する音、そして空気を無理矢理絞り出すような音である。


「がふっ!?」


 順に、コウが背後から迫る刃を剣で弾いた音、襲撃者をコウが地面に叩きつけた音、襲撃者の口から漏れた息の音である。

 コウは地面に叩きつけた相手の腹を、瞬時に縫い止めるように踏みつけ、剣を首筋に持っていこうとしたが、その動きが途中で止まる。止めざる得なかったのだ。

 コウは中途半端に上げた足をゆっくりと元の位置へと戻し、顔を顰めながら問いかける。


「……何してるんだ、アヤ?」


「ごほっ、こっほ……」


 アヤから返事はない。と言うより出来ないでいた。

 背中から叩きつけられ、強引に息を止まられた為に咳き込んでいるのだ。


「あーあー、受け身くらい取れよ」


 言いながらコウは面倒そうに髪をがしがしと掻く。そうしてから剣を収めてアヤに近づき、上半身だけ起こしてやって背中を擦ってやる。

 しばらく擦ってやると、完全ではないもののアヤはある程度に回復したようで、息の乱れも小さなものへと変わっている。

 その様子を確認してから、コウは一度立ち上がり革の小袋の所に行く。

 コウは小袋の中に手を入れると、無理矢理入れた折りたためる袋状の小さな水筒を引っ張り出す。

 それを持って小川に行くと、水を汲んでアヤの元へと戻った。戻る途中で、先ほどのことで飛ばされていたアヤの刀も回収しておいた。


「ほら、ゆっくり飲め」


 コウはそう言ってアヤの横に座りながら、汲んできた水を手渡す。それと、アヤの前に刃の部分を向けないようにして刀を置いてやる。

 小川の水は飲んでも問題がないものであることは、コウが随分前に確認済みである。


「あ、ありがとうございます」


 声はまだはっきりと出ないようであるが、それでもアヤは小さな声で礼を言いながら、水を受け取って少しずつ口に含み始める。

 そうしてアヤが水を完全に飲み終え、調子が戻ったところを見計らって、コウは再び問いかけた。


「それで? 何してるんだ、アヤ」


「いや、その……」


「まさか、あれのことか?」


 クレイストを庇った形のコウを殴り飛ばしたアヤが、殴った後に教室を飛び出したのはつい昨日の話である。コウがそれからアヤに会ったのは、今である。

 アヤがクレイストのことを嫌っていたことは、誰の目から見ても明らかなことである。

 そのクレイストを庇ったことで、アヤが逆上しコウを襲った……というのは全く考えられない話、という訳でもない。

 コウが言う"あれ"を正しく理解したアヤは、非常に焦った顔でそれを否定する。


「ち、違います! その……、確かにあの時はショックを受けましたが、今回とは別問題です」


「なら、何でこんなことした?」


「それは……」


 アヤは言い辛そうに一度口を閉ざしたが、話す義務があると思っているのか、弱々しくではあるが事の経緯を話し始めた。


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