【改訂前】グランスウォールの英雄

改訂後

第九話

　※「ホームルームの後で」改訂話

　拙い文章ですが、暇つぶしに貢献出来れば幸いです。

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　コウやリーネ、アヤが所属するクラス二年A組は、再び重苦しい空気に支配されていた。

　生徒によっては身を縮こまらせ、時折、肩を振るわせながら、この状態から解き放たれるのを今か今かと待ち望んでいるような姿も見える。

　その様子は、まるで氷壁で作られた寒々とした部屋に、長い間、閉じ込められているかのようである。

　生徒達を威圧し、この圧倒的な空気を作り出しているのは二年A組担任こと、ミシェル・フィナーレルである。

　そして、この息が詰まるような空気を作り出したきっかけであり、現在進行形でこの場を支配するミシェルの零度に勝る視線を一身に受けるのは、ミシェルがクラスの担任として初の仕事であるホームルームを邪魔した少年だった。

　重苦しい空気を醸し出したまま、ミシェルはゆっくりと少年に問う。

「私も教育者だ、一応、遅刻した理由を聞こうか」

　新学期始まって早々に遅刻という過ちを犯した少年は、余波だけでクラスの温度が更に下がったかのように錯覚させる静かな威圧の中、懸命に口を動かし、消え入りそうな声で言った。

「……すみませんでした」

　少年が正座の状態から言葉と共に頭を下げた。いわゆる土下座である。

　しかし、ミシェルはそれを困ったように笑いながら首を振ることで、受け入れられないと拒否する。

「私はまだ謝罪の言葉が聞きたい訳じゃない。理由を言えと言っているのだ。なぁ、ロン・スティニア？」

　ミシェルの言葉に土下座する少年――――ロン・スティニアは、顔を床と平行に保ちながら青くする。

　彼は何も言うことは出来ない。何故なら、彼自身の手に言い訳のしようがない決定的な証拠があるからだ。

「なら、言葉を変えようか。何故、遅刻してきた貴様が購買の袋……しかも、飲食物の入ったものを持っている？」

　詰まるところ、生徒の出席を済ませたミシェルが、二年から始まる授業について説明しようとした所に、今日は欠席となっているはずのロンが、遠慮など微塵も感じられない様子で扉を開け、元気な挨拶と共にやって来たのだ。

　そして、その手にあった物はどんなに取り繕っても「遅刻したから少しでも早く行こうと懸命に努力した」という事にはならなかった。

　頭を下げたまま、微動だにせず土下座を続けるロンの前に立ち、しばらく目を瞑らせていたミシェルだが、一つ息を吐くと眉間に皺を寄せたままロンに言った。

「今日は初回ということだし、特別に罰を軽くしておく」

　ミシェルがそう言うと、先ほどまで顔を青くしていたのが嘘のように、ロンが顔を輝かせ、それから何故か手を広げ、抱きつかんばかりの勢いで立ち上がろうとする。

　しかし、完全に立ち上がりきる前に、ミシェルが持っていた名簿でロンの額を突くことで、それは簡単に防がれてしまう。

　ロンが抱きつこうとしたことを理解しているミシェルは、冷え冷えとする目でロンを見る。

「余り調子に乗るなよ。それに、私は罰を”軽くする”と言っただけで、”なくす”とは言っていないからな？」

「……はい」

　罰の内容は後で通知するから席に着け。その言葉を締めとし、ミシェルはロンに席に着くように促す。

　痺れた足を引き摺るようにして動き始めながら、ロンは席の合間をゆっくりと移動しながら首を巡らせ、コウ達を見つけると、途中で何回か転びそうになりながらも、何とか三人の元へ辿り着く。

　そして、コウ、リーネ、アヤと横から順に顔を見ると、泣きそうな表情を浮かべた。

「なんで俺にだけ、クラスが同じことを伝えてくれなかったんだよ……」

　割と本気で泣きそうなのは、ミシェルの凍てつかせるような責めを受けたのが、原因なのだろうか。

　泣く寸前の子供のような顔をしたまま、空いていたコウの隣にロンは座る。

　どうやら、逃げた後に自分で総合掲示板を見に行ったようだ。

　コウも知らなかったのだから、同室で一緒に始業式に向かったロンが、自分のクラスを知らないのも至極当然である。

「お前が逃げ出さなかったら、二人とも教えてくれただろ」

　言ってから「俺もリーネに聞いたくらいだしな」とコウはリーネとアヤを見ながら付け加える。

　それを聞いて希望を見出したのか、ロンが目を輝かせて二人を見る。特にアヤの方を重点的に見ているところから、ロンがまだアヤと仲良くなることを諦めていないのが分かってしまう。

　しかし、コウが話を振りながら二人の顔を見ると、まず最初に見たリーネは気まずげに視線を斜め下に下げている。

　それを見て嫌な予感を覚えながらも、小さな奇跡を期待してコウはアヤを見るが、アヤは「何故、私がその男を気にかけなくてはならないのですか？」とばかりに、そっぽを向いてみせた。

　コウはすでに泣きそうなロンに向き直ると、極力優しく肩に手を置いた。

「後で、何か奢ってやるよ」

「う、うわああああああああ！」

　それが止めになったようで、泣きそうだった表情を更に歪めてロンは腕を組み机に顔を伏せる。

　実際、コウはミシェルが出席の際にロンの名を呼び、それで初めてクラスが一緒であったことを知ったくらいなのである。

「そこ、うるさいぞ！　それ以上騒ぐのであれば、私に対する挑戦であると受け取るぞ？」

　ロンが悲しみの慟哭を吐き出していると、そこに鋭い叱責が飛んできた。

　途端にロンがぴたりと静かになる。

　どうやらミシェルを怒らせてはいけないという事は、「ある一人」を除くクラス生徒全員の共通認識となったようだ。

「何故、私が問題児を二人も抱える羽目に……」

　疲れたようにミシェルが漏らす。その目はコウとロン、特にコウの方へ向いている。

　それをご指名とばかりにコウは笑みを作り、にこやかにミシェルに言葉を返した。

「大変ですね、教師というお仕事って」

「……それで、成績最下位だというのだから、貴様は本当に良い度胸してるよ」

　ミシェルが今までの人生で見てきた落ちこぼれと言える者達は、大体が自分に自信がなく、劣等感に嘖まされ、周りにびくびくしているか、捻くれているかであった。

　コウの態度も捻くれたものと言えなくもないが、とてもではないがミシェルの知る型に当てはまっているとは思えなかった。

「まぁいい、貴様に構っていたら時間が無駄になる。さて、説明の続きをする」

　二年から始まる授業について説明していたことなど、すっかり忘れていた生徒達は、聞き逃して恐ろしい担任の標的にならないようにと、素早く聞く姿勢を取っている。

「何処まで話したか……、あぁ、選択授業についてだったな。といっても、これに関しては特に説明するまでもないが」

　そもそもクライニアス学園の特色とも言えるのが、この「選択授業」なのだ。

　クライニアス学園では高等部の二年生になると、生徒は自分の望む授業を履修し、自由に時間割を作ることが出来るようになる。

　例えば、将来は騎士になろうと思っているのであれば、剣術、槍術、格闘術といった武術に関する授業を始め、馬術や礼節に関する授業、いざという時に物資を管理する為の算術の授業もある。

　また、魔術師を目指しているのであれば、攻撃魔術や支援魔術、回復魔術は勿論。魔薬学といった専門的な知識を学べる授業も用意されている。

　他にも商人や職人に関する授業ですらあるのだ。

　様々な分野の専門家を生み出すことで、クライニアス学園は広く知られているのだ。

　どれほど知られているかというと、クライニアス学園を卒業したというだけで、何処に行っても認められると言われるほどである。

　言わば「使える人間」を輩出するという風に世間で広まっているのだ。

　ミシェルの言葉に対する生徒達の反応は二種類であった。

　一つは自分の実力を高める機会が巡ってきたことを、純粋に喜ぶ者達。

　こちらは自分の力で立身せんと、学園の門を叩いた生徒達である。主に家が平民層の子供達が多い。

　もう一つの方は事務連絡を受け取るように、無感動ではないが、喜びを隠せずにいる前者組を嘲笑うかのように淡泊な反応である。

　主に家が貴族といった、富裕層の子供達だ。

　こちらの生徒は親が学園に、半強制的に入学させた場合が多かったりする。

　何故、裕福な家の親が学園に自分の子供を入学させるか。

　それは、学園の名が世間一般に広く知られているからである。

　クライニアス学園を卒業したというだけで、有能な人間だと思われるのなら、親からすれば学園に入れない手はない。

　簡単に言ってしまえば、自分の子供に箔を付けさせるために入学させているのだ。

　家が裕福である子供からすれば、卒業さえしてしまえば親の財産を継げばいいので、気負いというものが余りないのだ。

　最低限の義務感程度の気持ちで、授業のことを聞いているのだろう。

　生徒の反応が二種類であることにミシェルは気づいていた。

　それをミシェルは嘆かわしく思っている。後者の生徒達のことだ。

　確かに、クライニアス学園の授業は当然ながら、生半可なものではないので、卒業まで耐えきることが出来れば、水準より質の高い人材が生まれるだろう。

　どんなに学園側がフォローしても、授業付いていけなかった生徒は少なからずいて、学園を去っている例もある。なので、それは間違いではない。

　しかし、箔を付けるという理由で入学させられた生徒は、徐々にだが年々増えて来ており、そのせいで卒業生の質も落ちてきていたりするのだ。

　平民層の卒業生の質は変わらず良いままである。

　富裕層の生徒達の質が下がり、平均を測る際に足を引っ張っているのだ。

　権力に怯え、生徒を贔屓する教師の存在もこれに一役買っているいるだろう。

　このままではいけない。その思いを胸に秘めながらも表情に出さずに、ミシェルは説明を続ける。

「それでは、最後にグループについて説明する」

　選択授業に関して様々にざわついていた生徒達が、ミシェルの声で一斉に黙る。

「貴様らは中等部から高等部の一年の終わりまで、ただひたすら基礎を繰り返してきただろう」

　その言葉に何人かの生徒が感慨深そうに頷いている。

　クライニアス学園では高等部二年生から始まる選択授業の為に、小等部から段々と難易度を高めながら基礎を学ばせていく。

　こういった過程を踏んで行くからこそ、専門的な知識を得ることの出来る選択授業を学べるのだが、生徒達からすれば、学年によって難易度の変化があるとはいえ、代わり映えのないことをずっとやらされてて来たのだ。

　言葉を選ばずに言えば、つまらなかったのである。

「だが、今年からは違う。必要な技術、実用的な知識を学んで行くのだ」

　その言葉にクラスのほぼ全員の生徒達が顔を緩ませている。

　やっと変化のある次の段階へと移ることには、誰もが喜びを噛み締めているのだ。

　富裕層の生徒達も「そう言われてみれば」といった様子で、例外なく喜んでいるようである。

「そして学園は学ぶ場として、学園外へ課題と共に貴様らを送り出すことがある。その際に、グループを組んで挑ませることもあるのだ」

　グループに関して詳しく知る生徒は多くないので、生徒達は素直に耳を傾けている。

　ミシェルはそれを確認しながら続ける。

「そのグループに関してだが、やはり気心の知れた仲の方が、チームワークは生まれやすいという学園の考えから、生徒同士で自由に組むことが出来る」

　もちろん、グループを組む際の条件や決まりはあるがな、そう言ってミシェルは説明を終わらせる。

　生徒達の反応は様々だ。

　隣同士で顔を合わせて笑い会う者達、首を動かし有力な生徒を捜す者。

　ミシェルはその反応を見て、幾分か表情を柔らかくしながら教室の扉を開ける。

　そして、出る間際に教室を振り返りこう言った。

「積もる話もあるだろう、今日はこれで解散とする。グループ登録に関して詳しく書いたプリントを、教卓の上に置いておくので各自で持って行くように」

　言い終えるとミシェルは一度だけコウの事を見てから、号令もせずにさっさっと教室を出て行った。

　しばらく生徒達は唖然としていたが、ホームルームが終わったことに気づくと、徐々に放課後特有の喧噪が所々から生まれ始める。

　コウはそれを確認し、寮に戻って寝る事が出来る、と席を立とうとした。しようとしてから、三つの視線が自分を捉えていることにコウは気づいた。

　リーネ、アヤ、ロンの三人からである。恐らく、リーネはコウの本当の実力と成績最下位という評価について。アヤは始業式後にロンを捌いて見せた実力のことを。

　ロンに関しては「奢る」とコウが言ったので、逃がさない為だろう。

　コウは三人を見て苦笑いを浮かべるとぽつりとこぼす。

「積もる話、ね。あの担任、知ってて言ったんじゃないだろうな」

　コウのその呟きは、放課後の喧噪に飲み込まれたのだった。

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　誤字・脱字があれば教えて下さると嬉しいです。

　次話から、改訂前と比べて微妙な変化が始まると思います。