第五話
※「門前で」改訂話
拙い文章ですが、暇つぶしに貢献出来れば幸いです。
あれから特に問題らしい問題は起こらず、コウとリーネ、ロンの三人は教師の批評や購買に置いてあるものなどを教え合ったり、他愛もない話をしながら馬車は順調に学園へと向かっていた。
「学園まであと少しだな」
コウがぽつりと言葉を漏らす。
「やっとお宝をじっくりと見ることが出来る……」
興奮状態による暴走も落ち着き、普段通りの状態に戻ったロンはガラクタの山を振り返り、少し落ち着きのない様子でいる。
帰りの道中で何度も手に触れて観察しようとしていたのだが、それを始めると切りがないので、学園に着くまでは抑えていたのだ。
望遠鏡に関してはコウに説明するために仕方がなく手に取ったと言うのはロン談である。
「……しかし、リーネは何故狙われたんだか」
「あれって誰かがやったことだったのか!?」
コウが言ったことにロンが驚いてリーネを見つめる。
リーネはその視線に僅かに頷く事でそれ肯定した。
「まずドリークはあんな風に群れる魔物じゃない」
人為的であったことに気づいていなかったロンに、コウは何故その結論に至るのかを説明する。
そもそもウィールス平原に魔物は存在しない。リーネから聞いた話では気づいた時は十数匹のドリークに囲まれていたという事だった。
一匹や二匹なら、平原に迷い込んだのだと言えなくもないが、その数になると些か無理な説明となる。
さらにコウにはそれを裏づけることがあった。
「それに距離はあったが遠視であの場を見ている奴がいたしな」
「じゃあ、そいつが犯人ってことか」
あくまで”かもしれない”という話なのだが、状況から考えてその可能性は高い。顔も知らない犯人を想像し、ロンは怒りを露わにした表情を作る。
ロンのその様子にリーネは嬉しく思うのだが、それよりも気になることがあった。
「見られていた、ですか……?」
呟き程度の小さな声であったが、コウはしっかりと聞き取り、リーネの方を見ながら首を縦に振る。
「本当に見られていたのですか?」
「あぁ、魔力を感じて、探知で見つけたから間違いない」
その答えにリーネは驚くしかなかった。
【魔術=遠視】の優れている点は遠くのものを見ることが出来る事なのは、言うまでもないことである。
しかし、何よりも特筆できる点は、魔術を展開するのに必要な魔力が極めて少ない事だろう。それは魔術を展開していることに気づかれづらいこと意味していた。
魔力を扱う者ならば、近くで指向性のある魔術などが展開されていると、何か魔術を展開していなくとも感覚で術者の場所や魔力の流れを感じ取る事が出来る。
だが、【魔術=遠視】は遠くから魔術を展開する故に距離的な意味でも気づかれにくく、さらに微量の魔力なので見られている場所にいても気づくことは難しい。
【魔術=遠視】を見つけ出すのは、魔術によって魔力を見つけ出す【魔術=感知】を展開するしかないのだが、そもそも魔力を感じられないので魔術を展開しようという発想が生まれない。
対策がない訳ではないのだが、それは前もって予想されていないと準備出来ないので、意識がけないと見られることは防ぐことは不可能と言えた。
それに対してコウはどうだろうか。
普通では感じ取れないような魔力を【魔術=感知】を展開することなく感じ取ったと言うのだ。
そのことが絶対に不可能であるという訳ではない。
“普通”はと言うように、魔力に関して鋭い感性を持っていれば気づくことは出来る。
その感性を磨く方法は一つだけ。それは魔力の使用頻度である。
扱えば扱うほど魔力に対する理解を高め、身近になっていき、感じられやすくなるのである。
経験豊富な者ほど感性が鋭い事となるのだ。そして、【魔術=遠視】の微力な魔力を感じ取れるのであれば、トップレベル魔術師を名乗ってもいい程だ。
「そういえば、リーネちゃんはどうして助けを求めなかったの?」
そんなリーネに気づいた様子もないロンが、不思議に思っていたことを尋ねる。
ロンの問いかけを聞き、リーネは我に返ったような表情を浮かべると、次に微妙に困ったような表情を作った。
「コウがあんなに強いとは知らなかったんですよ」
これはリーネとしては素直に答えたのだが、この答えでは疑問は解消されなかったようで、ロンは更に言葉を重ねてくる。
「それでも普通は助けを求めない? もしかしたら戦える可能性があると思わないかな」
コウとロンはリーネとは初対面であった。それならば強さなど未知数であるのだから、断られる可能性を考慮しても、最初に助けを求めるのが普通ではないだろうか。
一般的に考えて、そうではないかとロンは言っているのだ。
ロンの言っている事の意味を汲み取り、その上でどう返そうかリーネが迷う表情を見せたところで、コウが割って入るように口を開いた。
「助けに入る前に話してたやつの続きになるんだが、多分これで判断したんだろ」
そう言って、コウとロンが着ている縁に青いラインの入った純白のローブを指差す。
「制服が?」
このローブはクライニアス学園の生徒達が、着用を義務づけられている制服の一つであった。
本来ならばローブの他にもブレザーやズボンなどもあるのだが、学園外に出る時は、ローブ以外は基本的に自由で良いとされている。
特別な許可を得ればリーネのように、学園のローブを纏わないことも出来るが、大体の生徒はしっかりと身に纏っている。
余談ではあるが、何故、ローブは着なければならないのかというと、このローブを身に纏うことによって、学園の庇護下にあることを示す為である。ローブを着ていれば最低限以上の保証が、学園によって約束されるのである。
もしも生徒の身に何かあったらどうなるのか。それを示した顕著な例を挙げてみよう。
昔、ローブを着た学園の生徒が、街へ出かけた帰りに十人程度の規模の盗賊に攫われた事があった。身代金目的の営利誘拐だった。
盗賊達は学園に多大な身代金を要求した。それに対して学園は生徒の安全を優先し、直ぐに取引に応じた。
盗賊達はあまりにも事が簡単に進んだことに狂喜乱舞したが、その後が地獄であった。
生徒の身柄を引き渡し、逃亡した盗賊達だったが、学園が派遣した者達によって直ぐに捕まる事となった。その追跡者の数、なんと二百。
その盗賊達は有名だったということもなく、過去に大きな前科があった訳でもない。たった十人に対して二百もの追跡者を放っていたのだ。
そして、捕まった盗賊達は知りもしなかったが、身代金と生徒を交換する場所には四百人もの戦士達によって取り囲まれていたりもした。
僅かな期間ながら逃亡できたのは、他に共犯者がいないかの有無を芋づる式に見つけ出そうと見張られていた結果である。
そのあまりにも徹底した行いに、学園の白いローブを着た者達には手を出さないのが犯罪者達の間で、暗黙の了解となっていた。
という訳で、学園外に出かける時にローブを着ていることは、生徒であれば当たり前のことであるので、ロンは制服が何を指し示すのかを理解出来ないでいる。
「まだ分からないか、この青いラインは次の月の日から二年になる生徒だってことを意味してるだろ?」
「そりゃ、知ってるけど……」
「お前さ、今まで俺達が受けた授業の内容を思い出してみ」
「…………?」
「戦いに関する実技の授業があったか?」
「あ!」
クライニアス学園には中等部と高等部があり、中等部の段階で基礎を徹底的に学ばせ、高等部の一年ではその応用を教えるのだ。
そして、高等部の二年から専門的な授業が始まり、そこまでいってようやく戦い方に関する授業をするのである。
「つまり、現段階でこのローブを着ているってことは、戦闘訓練を受けていないという意味になる」
「それに、仮に訓練を受けていなくても戦えそうなくらいに、優秀な方は学園で有名になりますからね」
言葉を引き継いだ形でリーネが答えると、ようやくロンも納得したように首を縦に振る。
「なるほど、それで俺達が言ってもパニックしたりして、無駄死になると思ったのかー」
「い、いえ、そこまで言いませんが……」
ロンの捏造混じりの言葉に困ったように笑うリーネであるが、徐々に真面目な表情を作ると改まった様子をコウに見つめる。コウもそれを見て、真面目な表情で真っ直ぐとリーネに向き直る。
「さっき言ったように、優秀な方は学園で有名になります。なのに、私はコウ程の方を知りませんでした」
ドリークたちから守ってくれた障壁は、コウが展開してくれたものだとリーネは直感的に思っている。それだけコウは規格外な存在だった。
それ故にリーネは疑問に思ってしまう。何故、これほどの人物が学園で知られていないのかと。
「…………」
最初、コウはリーネの質問は予想していたので、適当に答えて誤魔化そうと考えていた。しかし、リーネの表情を見る限り、それはやめようと今は思っていた。リーネの表情には何処か必死さがあったからだ。
コウがどうしようか考えていると、そこでロンが気まずそうにしながらも口を挟んだ。
「……あの、空気的に言い辛いんだけど、学園に着いたよ?」
リーネはそれを聞いて初めて学園の門前に、馬車が止まっていることに気がついたようであった。コウは考えながらも周囲に気をやっていたので、それ自体は知っていた。
学園に入るためにロンが門番に外出許可書を見せに行く。これは学園を出る時にも見せていた。
学園には貴重な魔装具や危険な魔導具などが保管されているので、勝手に出入りが出来ないようになっているのだ。
その為、出る時もそうだが、特に入る時は許可証が本物であるかどうかを調べるために、時間が掛かったりする。
しかし、それは自分の姿を他人の姿に変える【魔術=写し身】が存在するこの世の中なので、仕方がないと言えた。
「まぁ、俺の事は説明しなくても分かるよ」
そう言って馬車を降りるコウ。
「待って下さい! それはどういう意味ですか?」
当然、それでリーネも納得出来るはずもなく、慌てたようにコウを追いかける。
その言葉を無視するかのようのコウは言葉を続ける。
「それと、言い忘れていたけど、俺が魔物を倒したことは内緒な」
これはある意味、質問に答えているかもしれないな。そう言ってコウは笑う。それに対してリーネは複雑な表情を浮かべる事しか出来なかった。
(そりゃ、いきなりこんな言い方をされたら困惑するよな)
一方、コウの方でも、どうしたらいいのか分からないでいたりした。
今までは同じように聞かれた時、適当な言葉を並べて誤魔化してきたのである。リーネが見せた必死さ、そして悲しげな表情。それが何故かコウに今まで通りを行わせるのを躊躇わせたのだ。
お互いに黙ったまま、微妙な空気が場を支配して幾分か時が流れた。
「お嬢様ああああああ!!」
好い加減一日も大半は費やされていたので、日が傾き始め、太陽の色が夕刻を象徴とする柔らかなものへと変わった時、それは場を動かす転機としてやってきた。
いきなりのことにリーネは驚いた様子で声の主を捜す。
コウは聞こえる前から、その声の方を向いていた。学園の門の方からコウ達の方へと駆け寄ってきている。
声の主は縁や襟などに青いラインの入ったローブを着ており、コウ達と同じ学年の生徒であることは一目で分かった。
遠目からリーネと同じくらいの年頃の少女であることも分かったのだが、それ以外の特徴を見つける前に、気になってしまう”もの”を少女は引き摺っていた。
「またかあいつ……」
コウは呆れたように呟く。少女が勢いよく走りながら引き摺る”もの”、それは紛れもなく門へ手続きをしに行ったロンであった。その姿は雑巾のようにぼろぼろで、ぐったりとしていた。
そんな姿を見てコウが慣れた様子なのは、ロンは学園で女の子大好きの考えの基、遺憾なく行動し、 過度なことをした結果、よく袋だたきにあったりしていたりするからだ。
ぼろ雑巾のようなロンが学園で転がっていることは、一種の風物になっていたりする。
そのことに気づいていないのはロンだけである。
「アヤ!?」
呆れた様子のコウをよそに、違う反応を見せたのはリーネ。どうやら、ついに手の届くところまで来た少女は、少なくとも顔を知っているようである。
(まぁ、こちらに向かって『お嬢様』なんて叫んでるし、リーネの知り合いであるのは当然か)
自身のことを『お嬢様』と呼ぶ変人はコウの知り合いにはいない。消去法というより、当然の成り行きで『お嬢様』はリーネを指している事になる。
コウがそう心の中で言葉を漏らす横で、リーネと少女のやり取りが始まる。
「お嬢様、ご無事ですか!?」
ロンを引き摺ってきた少女――アヤは掴んでいたものを地面に放ると、コウの方など見向きもしないでリーネに異常がないか確認を始める。
そんな忙しく動くアヤを気づいていないのをいいことに遠慮なく、コウはじっと観察した。
髪は黒い。邪魔なのか一つに結ってあり、長さは肩口に届くくらいだろう。目の色は茶色とも黒とも言えない不思議な色合いだ。前髪を切り揃え、分けているのが印象的である。
目には鋭さと言うべきか、何処か冷たいものを感じなくもないが、リーネを心配するその姿は、冷淡とは程遠いようだ。
全体的に、こざっぱりとした雰囲気である。しかし、華がない訳ではない。むしろ、人目を引く容姿であると確実に言えるだろう。
一目で女性だと分かる容姿なのだが、凛々しいと表現出来る何かが彼女にはあった。
リーネをお嬢様と呼び、学園から出てきたところを見ると、今から探しに行く所だったのかも知れない。
見れば、動きやすさを重視されて薄い鉄の鎧を身に纏っている。最低限の急所を守る為だけに作られたようで、服の露出面積の方が鎧よりも多い。
そして、彼女の中で一番目を引くものがある。それは先に述べた彼女の感想を抱かせるに、とても貢献していた。
(あれは、刀か……?)
彼女が腰に帯びているもの。見た目は細長い棒のようで、緩やかな弧を描いている代物である。それは剣であり、厳密に言えば剣ではないもの。
この地ではかなり珍しいものになるのだが、コウはそれを知っていた。
コウが刀に纏わる過去の話を思い出している間にも、少女達のやり取りは続く。
「アヤ、だ、大丈夫だから、その、あまりいろいろな所を触るのは……」
「いいえ! 小さな怪我が大きな怪我へと繋がるのです。それにお嬢様は私に心配を掛けまいと痛みを我慢するお方ですし」
「あぅ、ほ、本当に大丈夫だから……ひゃ!? そこは駄目! アヤ……!!」
リーネは足を挫いたはずなのだが、その様子は全く見受けられない。
抱きかかえて馬車へ乗せた際に、応急処置はしておいたが、いくら何でも完全に治るには早すぎる。
コウは何らかの方法で治療したのだろうかと考えながら、とりあえず構わなくてはならないものへと近づいていく。
「今回は何をしたんだ?」
「……もう、何かしたことは前提なのな」
日頃の実績もあるが、ぼろぼろにされて何もありませんでした、というのは流石に考えられないので、ロンのささやかな反論をコウは黙殺する。
ロン自身、反論が受け入れられる可能性は望み薄と考えていたのか、気にした様子もなく説明をする。
「いや、まぁ、あの子さ、いきなり門から飛び出してきたかと思えば、リーネちゃんを見たかなんて聞くからさ」
そこでロンは言葉を一度句切ると、ぼろぼろで情けないものを浮かべていた表情を引き締め、真剣なものを作ると続きを口にした。
「リーネちゃんの居場所を知りたかったら、スリーサイズを教えてくれって言った」
「なんで一々真面目な顔したんだよ。自業自得過ぎて掛ける言葉が見つからねぇよ」
このようにどう考えてもアウトなことを言っているロンだが、今の所は容姿や何気に良い人柄もあってか、学園規模で処分されることはない。いつも被害者達に袋叩きになるだけで済んでいる。
これを人徳と言っていいのかコウには判断つかなかった。
「だってさー、めちゃくちゃ好みだったんだもん!」
「それ理由としては、かなり最低な部類だぞ」
「俺は必ずアヤちゃんとお近づきになる!」
「聞いてねぇし……」
コウが思わず額に手を当てて仰ぎ、ロンの行く末を案じていると、どうやら無事であることを確認したらしいアヤが近づいて来た。
「コウ殿、お嬢様からお聞きしました。お嬢様を助けて頂き、誠にありがとうございました」
アヤが深々と頭を下げる。
そして、なぜか上気した顔で後から来たリーネも、アヤの隣に並び立つと同じく頭を下げる。
「私からも再びお礼を。コウ、この度は本当にありがとうございました」
この時、リーネが魔物を倒したと事をアヤに話したのかと、コウは思ったのだが、リーネが意味ありげに笑ったのをコウは見た。
恐らく上手いこと話して、助けたという事実だけ伝えたのだろうと、コウは判断した。
コウも一瞬笑い返した後、話を合わせるべく行動する。
「いや、大した事はしてないから、頭を下げることはないさ」
まずは当たり障りのない事を言い、コウはアヤの認識がどうなっているかを推し量る。
「いえいえ、無理に戦わずに逃げた事は、懸命な判断だったと思います」
運良く、アヤの認識がどうなっているかが分かる言葉を聞き出せて、コウはリーネの気転に対してと併せて、内心ほくそ笑む。
そして、労いの意味を込めてリーネに笑いかけると、気づいたリーネが笑みでそれに対して返す。
その二人に姿を見て、アヤが驚いたように呟く。
「お嬢様が私以外の人と通じ合うなんて……」
「はい! はい! 逃げてきただけというなら、俺も大活躍でした!」
アヤの心底驚いたという表情に、コウはそんなに珍しい事なのかと思い、それを口にしようとしたが、それを遮るようにロンが自己主張を始める。
ぎりぎりな発言な上に、捏造疑惑の高い言葉、そして何故か敬語である。
実際は逃げてきたわけでもなく、戦いには参加もしなかったロンである。アヤの真実とは異なる認識を利用し、自分をアピールしようという魂胆なのだろう。
「逃げてきただけなら……? まぁいい、しかし、お嬢様から貴様の事は聞いていないが?」
コウは『コウ殿』で、ロンは『貴様』である。第一印象がかなり悪かったらしい。当然ではあるが。
リーネもロンの事を話していない辺り、あまり気にかけていなようである。
しかし、ロンはめげることなく続ける。
「え、ええと、追ってくるのを魔術で撃退したりと大活躍でした……!」
もはや引っ込みがつかなくなったようで、思わず嘘をついてしまっている。
せめて、逃げる際に巧みに馬を操り、颯爽と逃げ帰ったとでも言えば良かったのだろうに。
そして、それは好感度を上げるどころではなく、むしろ、逆効果となった。
「……お嬢様は攻撃手段がなかったから、懸命に馬を走らせ、なんとか魔物達から逃げ延びたと仰っていたが?」
致命的であった。ロンが慌ててフォローの言葉を口にしようとする前に、アヤが怒りを露わにしてロンを怒鳴りつけた。
「他の者が挙げた功績を自らのものにしようと嘘をつくとは何事か!」
その言葉に根っからの騎士気質なのだろうかと、コウはぼんやりと思った。コウは完全に人事であるといった様子である。
逃げた事自体が嘘であるのだが、ロンが思わずとはいえ、嘘をついたことは完全に自業自得なので止めようとも思わない。
「お嬢様行きましょう、こんな奴放っておいて! コウ殿、後日改めてお礼に伺います」
「え、えと、あの、コ、コウ、また今度です!」
アヤは怒鳴りつけるようにそう言うと、リーネの手を取ると、門の方へずんずんと行ってしまった。どうやら始終を門番も見ていたのか、手続きなしで門の中へと消えて行く。
コウはリーネ達へ手を振り見送り、そして姿が見えなくなってから、魂が抜けたように佇むロンを見る。
「…………」
考えることをやめたのだろう、精巧な石像が目の前に立っているようだ。
その様子にコウは面倒そうに頭を掻いて、静かに告げた。
「終わったな」
何が、とは言わない。
「うぅ……」
後悔の念に押しつぶされながら啜り泣く少年には、必要ないのだから。
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