第四話
※「荷馬車の中で」改訂話
拙い文章ですが、暇つぶしに貢献出来れば幸いです。
コウとロン、それにリーネを加えた三人の乗る馬車は、襲撃があったこともあるので、馬が潰れないように気をつけながら、現状で出せる一番の速度で学園へと向かっていた。
「これなら夜を迎える前には学園に着きそうだな」
そう言ったコウは先ほどの戦闘がなかったかのような自然体で、体を伸ばしながら二人に話しかける。
それに対してリーネが申し訳なさそうに答える。
「すみません、私のせいで……」
リーネは自分がいるせいで二人の予定が狂ったことを、気にしているようだ。
本来、コウとロンの二人は何事もなければ既に学園に着いている頃だ。戦闘自体は長くはなかったが、その後の処理でいろいろと時間がかかってしまったのだ。
「気にするなって、どうせ今日はゆっくり出来るとは思ってなかったし」
ロンに街へと連れ出された時点で、コウは自分の都合は何一つ後回しになることは覚悟していたのだ。
「それに俺は昼寝さえ出来れば問題ない」
コウは言いながらも大きくない幌馬車の中で、隅に集められたガラクタの山の隣に横たわると、今にも眠ろうとしている。どうやら何処でも寝る事が出来るようだ。
そんなコウの姿を見て、リーネは申し訳なく思う気持ちが幾分か和らいだのか、笑顔とまではいかないが表情を緩ませる。
そこで馬車が走る音だけが、その場にある音となる。
そして、暫くしてからリーネがコウの方へ寄っていく。リーネが真面目な表情を浮かべていることから、コウは例のこと話そうとしていると理解した。
「あの、先ほどの話の続きなのですが」
戦闘が終わった後に、話があると言ったままその続きは語られないでいる。中断されたままの話は、お互いに重要なことであり、リーネは馬車に乗った時から、そわそわとしていて落ち着きがなかった。
「それで――」
「待った」
ついに話を切り出そうと意気込んでいるリーネを、コウはいきなり止める。これにはリーネも不服そうに目で抗議する。
「いや、質問に答えない訳ではないから、安心してくれ」
コウがそう言うと不服そうな様子は消えたが、今度は首を傾げるリーネ。
そんなリーネにすまないと苦く笑って見せ、それからロンを見た。
「お前さ、何で黙ってんの?」
コウがリーネを抱えて合流した際に、抱え方に騒いだロンだったが、学園に向けて馬車が動き始めた辺りから、何も喋らなくなりずっと御者に徹していた。
「お前の大好きな女の子だぞー? しかも、かなり可愛いじゃないか」
可愛いと言われて顔を真っ赤にするリーネに気づくことなく、コウはロンに問いかける。
女の子大好きなロンなので、この反応は明らかにおかしい。なので、コウは心のそこから不思議に思った。
「あれか、長い髪は好みではないとでも? それとも、身分か? お前はそういうのを気にしない奴だと――」
「集合」
コウの言葉を遮るようにロンがぽつりと呟く。
「ん? なんでいきなり――」
「集合!!」
何故、ロンが激しく身を寄せてくるように言ってくるのか、コウは疑問に思いながらロンの側に寄る。
この時、ロンの様子を見て、何かに気づいたリーネの表情に影が差したのだが、ロンの様子がおかしかったので、コウはそちらに意識を向けていたので気づかなかった。
「なんだよ?」
コウは近づいた状態で問いかけたが、それでもロンは口を閉ざしたまま話そうとしない。どうやら耳を貸すまでは喋らない気のようだ。
「面倒な奴だな……なんだよ?」
コウが耳を傾けたことでようやく話す気になったようで、ロンが何故か掠れた声を絞り出す。
「コウさん、何を気軽に話しかけちゃってんすか!?」
「……何だ、その舎弟のような口調は」
この時点でコウの聞く気はかなり低下したのだが、それに構わずロンは必死な様子でコウに伝える。
「お前、あの子がどんな奴か知った上でお話になっちゃってるんでございましょうな!?」
「落ちつけって、言葉が滅茶苦茶だぞ?」
ロンとしては内緒話をしているつもりなのだろうが、声を荒げて語っている時点で、それは失敗を意味していた。
当然、リーネも話に気づいていた。
「これが落ち着いていられますか! あの子はだなぁ――」
「私がどうかしましたか?」
ロンが言おうとしたことを遮るように語りかけたリーネは二人の背後に立っていた。
コウはリーネの気配が自分たちの背後に動いたことを知っていたので、特に驚きはなかった。しかし、ロンは話に夢中になっていたせいか、全く気づいていなかったようで物凄く驚いている。
コウが振り返りリーネを見れば、その表情は無表情に近いもので、ロンはそれを見て完全に固まり、口をぱくぱくとさせたまま何も発しない。誤魔化しの言葉を絞りだそうとするが、上手くいかないようだ。
それ程までにリーネから発せられる何かは凄まじかった。
豹変とも言えるその変化にコウは多少驚いたが、しかし、なんとなく納得した。
(むしろ、最初に念話でやり取りした時の雰囲気は、今の方が違和感ないな)
思えばドリークの群れに囲まれ、自分を守るのが謎の障壁だけの状態だったとき、はっきりと確認したわけではないが、【魔術=遠視】で見た時は今のように無表情で怖がることなく、ただ周りを見つめていた気がした。コウの姿を確認した時、よほど意外だったのか素の状態に戻っていたようではあるが。
(この状態は一種の防衛反応ということか?)
だとするとロンの言葉に反応した事になる。と、そこまで考えてからリーネの表情を見つめたコウは気づいた。
「ロン」
名前を呼び未だに固まっているロンに促す。
「え、あ……」
「謝れ」
「え?」
「いいから謝れ!」
コウがそこまで言って、ようやく脳が動き出したのか、慌ててロンが深々と頭を下げて謝罪する。
「ご、ごめん! 本当に……」
ロンが何度も頭を下げ、必死に謝る姿を見て、リーネは保っていた表情を崩すと顔を背けた。
「いえ、私こそ、大げさな態度を取ってしまい、すみませんでした……」
今度は悲しそうな表情を浮かべてリーネは、自分が座っていた場所に戻ると膝を抱き俯いてしまう。
「は~、マジでびびった」
「……お前、ちゃんと反省してるか?」
コウはロンに対して呆れ顔である。と言っても、女の子が好きなロンなので相手が傷つくようなことは言ったりしないので、今回は珍しいことであったりする。
「してるしてる」
「本当かよ」
コウが溜め息混じりにロンに言うと、ロンも本当に反省しているのだろう、リーネをちらりと見ながら申し訳なさそうにしている。
「しっかし、無表情って怒鳴りつけられるより怖いよな。悪いことしたわ」
「あれは無表情というより、むしろ……いや、いい」
今度は声量を抑えて喋るロンに、コウが何か言いかけるが途中でやめる。それをロンは不思議そうにしているが、気づいていないならいい、と話さない。
ロンはリーネの何かを知っているようであったが、リーネが何であろうとコウは自分で見て感じたことを優先するので、無理に聞き出す必要はないと判断した。
これ以上変な事を言わないように、ロンは今から何も喋らないでいるつもりなのか、口を噤み深く追求してこない。
「ま、懸命な判断だな」
ロンの事は放っておき、コウは馬車内の重い空気を振り払うべく、体を丸めて隅で小さくなっているリーネに近づく。
「リーネ」
コウが近づいても何も反応を示さないので呼びかける。すると、膝を抱え、体を顔を埋めままリーネは静かに言葉を漏らした。
「私のことは気にしないで下さい。さっきまでがおかしかったのですから」
それはまるで普通の少女のように笑っている事が、普通ではないと言っているようで、コウは気にならないはずがないと思った。
こちらを見ようともしないリーネに、少し思案顔をコウはすると、断りを入れることなくリーネの隣に座った。
その行動に気づいているのかどうか分からないが、それでもリーネは顔を上げない。
それに構わずコウは口を開く。
「正直、俺にはさっきお前が何で悲しそうな顔をしたのか分からない。けど、あいつも悪気があった訳じゃないんだ、許してやってくれないか?」
先ほどのリーネを見て、コウは無表情ではなく、悲しそうな顔と称した。
コウが気づいたことはそれであったのだ。
一見、何の感情も見えない無表情であったが、コウにはそれがとても悲しんでいるように思えたのだ。
その言葉にリーネは驚いたようで、ずっと伏せていた顔を上げ、目を少し見開いてコウを見つめている。顔を上げたのを見て、コウは柔らかく微笑む。
「それにだ、お前は笑っている方が絶対に可愛いよ。お前が笑いながら街を歩けば、そこら辺の男なんて振り返るどころか、後ろからついてこられるぜ?」
「……知らない方についてこられるのは困ります」
そう言って拗ねた口調で言葉を返したリーネは、花が時間をかけて咲き誇るように、ゆっくりと微笑んだ。
「ん、やっぱりお前は笑顔が一番可愛いよ」
リーネが笑ったのを確認すると、コウは沈黙を保つロンに呼びかける。
「ロン見てみろ、この笑顔。可愛いだろ?」
コウはまるで自分の玩具を自慢する子供のように、ロンに問いかける。
そんな言い様にリーネは更におかしそうに笑い、何度も可愛いと言われて頬を赤らめて照れている。そして、コウのノリに付き合い、少し気まずそうにしながらもロンに微笑みを向ける。
「…………」
完全にロンは固まっていた。本日二度目の硬直である。口をあんぐりと開け、リーネの事を凝視している。
リーネは、恥ずかしいためか、やや俯き気味であった。
その状態で目を合わせようとした為に、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、絶妙な角度の上目遣いで、熱い瞳(これはロンの勘違い)で微笑むという風にロンの視点からでは見えた。
そう、それはロンから見ると、完全に恋する乙女を思わせる可憐な姿だった。
放心するロンにコウが主に手綱などを気にし始めた時、手綱を放棄しそうな勢いで立ち上がると高らかに言った。
「結婚して下さい!!」
「流石にそれは調子に乗りすぎだ!!」
ロンが口走るので、コウはガラクタの山から手頃な大きさのものを手に取り、投げつけた。それをロンは危なげに受け取ると抗議の声を上げる。
「おま、宝なんだから大事に扱えとあれほど言っただろう! それと、俺の情熱の邪魔をするな!」
「急に変態に戻ったな。反省の時間は終わりか?」
「反省などしている場合か! 俺の本能は一刻も早くリーネちゃんに求婚せよと告げている!」
あまりに急な展開について行けず、コウの隣でリーネが目を白黒させているが、コウとしては目の前で騒ぐロンがいつも通りの姿なので、驚く事はなかった。
「いろいろと突っ込むべき所はあるが、とりあえず告白とか飛ばして、いきなり結婚とかないだろ」
「いいや、問題ないね。俺の愛が伝わればリーネちゃんだって、きっと理解してくれるだろうから」
先ほどまで反省し、沈んでいたとは思えない程に興奮し、変態なロンに流石に引きつつ、コウは事態を沈静化する案を思いつく。
「だそうだけど、どうするリーネ?」
「ふぁい!?」
ここでまさか話を振られるとは思っていなかったのだろう。ロンがいきなり結婚などと叫ぶので照れなのか分からないが、顔を赤くしているリーネは突然話を振られて狼狽する。
その目に助けを求める色が含まれているので、奇跡的な展開で求婚を受け入れるということはないようだ。当たり前ではあるが。
それを読み取ったコウは考えた案を実行すべく、リーネの目を見ながら続きを話す。
「ついさっき、自分を傷つけた男がしつこく迫ってきたら、女としてどうよ?」
そこまで話すと、コウはリーネに意地の悪そうな笑みを向ける。
それを見て、リーネはコウがやろうとしていることを朧気ながら理解し、同じく笑いながらロンを見て言葉を話す。
「そうです、ね……最悪ですね」
この言葉にロンは絶望したかのような表情――――いや、確実に絶望したのだろう。目を見開き、口を開け、信じられないといったように崩れる。
「俺としたことが……ちきしょう! ちきしょう!!」
もはや、ぶつぶつと呟くしかないロン。
その姿を見て、コウとリーネは顔を見合わせて自然と笑い合う。
この場にはすでに重い空気など、最初からなかったかのように和やかな雰囲気が訪れたのであった。
誤字・脱字報告は大歓迎です。
あれ、歓迎したら不味いのか……?